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クラブ アイリス名古屋
松島梨沙さん 32歳
店長・幹部候補
年収450万円以上
勤続年数0年5ヶ月
天性の行動力が夜の世界に導いた。急成長の理由は挑戦させてくれる環境と手厚いサポート
スポーツと遊び、2つの青春を謳歌した学生時代。初めての就職は“自然の猛威”によりあっけなく振り出しに
――ご出身は?
沖縄県です。子どもの頃から身体を動かすことが好きだったので、中学生のときは運動部を掛け持ちしてました。勉強はそっちのけで、バスケに駅伝に陸上にと、練習ばかりの毎日。その甲斐あってかバスケでは県選抜、駅伝では2区のランナーに選ばれて、陸上ではメインでやっていた長距離走以外にもジャベリックスローっていう競技まで任されちゃって。
――素晴らしい活躍。では高校でも運動部に?
実は高校で運動も部活も辞めちゃったんです。バスケのスポーツ推薦で入学したのに。
――怪我とかですか?
いや、遊びにハマっちゃって。中学生のときは休みなく毎日練習っていうハードなスケジュール。流行りのドラマやアニメも見れないから、周りと話は合いませんでした。もちろん遊ぶ時間なんてなかった。
でも高校で掛け持ちをやめて、みんなと遊ぶ時間もできてからは毎日が刺激的。彼氏もできて、いつの間にか部活より夢中になるように。バスケ部の顧問から「話が違うじゃないか」って怒られても、「家庭の事情で行けないんです」なんて嘘までつく始末(笑)。
――(笑)。高校卒業後は?
静岡のホテルに仲居さんとして就職を。私の家族は医療関係の仕事をしている人が多くて、漠然と看護師になりたいと思っていたんですけど、遊びが楽しすぎてどうでもよくなっちゃった(笑)。だから看護学校への進学は考えずに、高校の先生が見せてくれた求人票の中から、自分ができそうな仕事を選ぶっていう。
でも、せっかくかわいい着物を着て働けると思ってワクワクしていたのに、静岡での新生活は思い描いていたものとは違いました。
――というと?
私が働き始めたのは2011年。東日本大震災が起こった年なんです。静岡でも大きな地震があって、就職先のホテルは屋根が崩れてしまい、とても仕事ができる状況ではありませんでした。やっていたことといえば被災後の片づけくらい。結局お客様と接することは一度もなく、その年の8月には自分を含めて一緒に入社した人はみんな解雇されて、それぞれ地元へ帰ることに。
――大変でしたね。
ええ、しかも当時は電波障害に停電まで起こって、コンビニも使えないし、夜になればあたりは真っ暗。
それに夏になっても飛行機が飛ばなくて。地元に戻れたのは同期の中で一番遅かったんじゃないかな。震災ってこんなに怖いんだって思い知らされました。
沖縄県です。子どもの頃から身体を動かすことが好きだったので、中学生のときは運動部を掛け持ちしてました。勉強はそっちのけで、バスケに駅伝に陸上にと、練習ばかりの毎日。その甲斐あってかバスケでは県選抜、駅伝では2区のランナーに選ばれて、陸上ではメインでやっていた長距離走以外にもジャベリックスローっていう競技まで任されちゃって。
――素晴らしい活躍。では高校でも運動部に?
実は高校で運動も部活も辞めちゃったんです。バスケのスポーツ推薦で入学したのに。
――怪我とかですか?
いや、遊びにハマっちゃって。中学生のときは休みなく毎日練習っていうハードなスケジュール。流行りのドラマやアニメも見れないから、周りと話は合いませんでした。もちろん遊ぶ時間なんてなかった。
でも高校で掛け持ちをやめて、みんなと遊ぶ時間もできてからは毎日が刺激的。彼氏もできて、いつの間にか部活より夢中になるように。バスケ部の顧問から「話が違うじゃないか」って怒られても、「家庭の事情で行けないんです」なんて嘘までつく始末(笑)。
――(笑)。高校卒業後は?
静岡のホテルに仲居さんとして就職を。私の家族は医療関係の仕事をしている人が多くて、漠然と看護師になりたいと思っていたんですけど、遊びが楽しすぎてどうでもよくなっちゃった(笑)。だから看護学校への進学は考えずに、高校の先生が見せてくれた求人票の中から、自分ができそうな仕事を選ぶっていう。
でも、せっかくかわいい着物を着て働けると思ってワクワクしていたのに、静岡での新生活は思い描いていたものとは違いました。
――というと?
私が働き始めたのは2011年。東日本大震災が起こった年なんです。静岡でも大きな地震があって、就職先のホテルは屋根が崩れてしまい、とても仕事ができる状況ではありませんでした。やっていたことといえば被災後の片づけくらい。結局お客様と接することは一度もなく、その年の8月には自分を含めて一緒に入社した人はみんな解雇されて、それぞれ地元へ帰ることに。
――大変でしたね。
ええ、しかも当時は電波障害に停電まで起こって、コンビニも使えないし、夜になればあたりは真っ暗。
それに夏になっても飛行機が飛ばなくて。地元に戻れたのは同期の中で一番遅かったんじゃないかな。震災ってこんなに怖いんだって思い知らされました。
順調だったはずの看護師への道。結婚を機に変わっていった生活の中で出会った“華やかな夜の世界”
――沖縄に帰ったあとは?
もともと興味があった医療や看護の仕事に携わろうと考えて歯科助手に。そうしたら、患者さんと接しているうちに「看護師になりたい」という気持ちが再燃して。歯医者の先生に相談すると、看護学校に入るための試験勉強を手伝ってくれたんです。そして「卒業したらまたうちに戻ってきなさい」と。
――人情を感じるお話ですね。
まあ、戻ることはありませんでしたけど(笑)。
――では別の病院に就職を?
いえ、そもそも看護師にはならなかったんですよ。予備校に半年通って22歳のとき愛知県の看護学校に無事合格したものの、1カ月後には中退して、アメリカに留学することにしたから。なに考えてるんだって感じですよね(笑)。
――なぜ留学を?
難しいと言われていた入試に受かって「自分って勉強できるんだ」ってうれしくなって。それに予備校には自分よりはるかに年上の人もいたから、いくつになってもまた看護師は挑戦できると思ったんです。で、若いうちにしかできないことをやろうと方針変更。「海外に行こう!」と。看護師ではなく、留学生を目指すっていう(笑)。
――思い切りましたね。
ええ、若いときは行き当たりばったりって感じでした(笑)。1年間の留学が終わってからは落ち着いたと思いますが。
――なにかきっかけが?
日本に戻って今の旦那に出会ったんです。居酒屋でたまたま隣の席になって、仲良くなって、とんとん拍子で結婚。それで31歳までは専業主婦を。本当は仕事がしたかったのに、旦那が「家にいてくれ」ってうるさくて(笑)。
でも同じ人とずっと一緒にいるのも退屈だったから、こっそりキャバクラでキャストとして働き始めました。結局バレて怒られちゃったけど。
――また思い切りましたね(笑)。
たしかにそうかも(笑)。
でもキャバクラでの経験が私をこの業界に導いてくれたんです。華やかな夜の世界に魅了されて、キャストではなくスタッフとしても働いてみたいなって思ったから。それでなんとか旦那を説得して、向こうは渋々承諾。すぐにインターネットでナイトワークの求人を探して、一番上に出てきたデリヘルの店に応募を。大手グループと書いてあったし、女性も歓迎とのことだったので、深く考えもせずに入社しました。だけどこれが失敗だったんです。
もともと興味があった医療や看護の仕事に携わろうと考えて歯科助手に。そうしたら、患者さんと接しているうちに「看護師になりたい」という気持ちが再燃して。歯医者の先生に相談すると、看護学校に入るための試験勉強を手伝ってくれたんです。そして「卒業したらまたうちに戻ってきなさい」と。
――人情を感じるお話ですね。
まあ、戻ることはありませんでしたけど(笑)。
――では別の病院に就職を?
いえ、そもそも看護師にはならなかったんですよ。予備校に半年通って22歳のとき愛知県の看護学校に無事合格したものの、1カ月後には中退して、アメリカに留学することにしたから。なに考えてるんだって感じですよね(笑)。
――なぜ留学を?
難しいと言われていた入試に受かって「自分って勉強できるんだ」ってうれしくなって。それに予備校には自分よりはるかに年上の人もいたから、いくつになってもまた看護師は挑戦できると思ったんです。で、若いうちにしかできないことをやろうと方針変更。「海外に行こう!」と。看護師ではなく、留学生を目指すっていう(笑)。
――思い切りましたね。
ええ、若いときは行き当たりばったりって感じでした(笑)。1年間の留学が終わってからは落ち着いたと思いますが。
――なにかきっかけが?
日本に戻って今の旦那に出会ったんです。居酒屋でたまたま隣の席になって、仲良くなって、とんとん拍子で結婚。それで31歳までは専業主婦を。本当は仕事がしたかったのに、旦那が「家にいてくれ」ってうるさくて(笑)。
でも同じ人とずっと一緒にいるのも退屈だったから、こっそりキャバクラでキャストとして働き始めました。結局バレて怒られちゃったけど。
――また思い切りましたね(笑)。
たしかにそうかも(笑)。
でもキャバクラでの経験が私をこの業界に導いてくれたんです。華やかな夜の世界に魅了されて、キャストではなくスタッフとしても働いてみたいなって思ったから。それでなんとか旦那を説得して、向こうは渋々承諾。すぐにインターネットでナイトワークの求人を探して、一番上に出てきたデリヘルの店に応募を。大手グループと書いてあったし、女性も歓迎とのことだったので、深く考えもせずに入社しました。だけどこれが失敗だったんです。
諦めかけたナイトワークを高級店でもう一度。“挑戦させてくれる環境”が成長を加速させる
――失敗とは?
その店はとにかくブラックだったんです。内勤スタッフとして入社したのに、任されるのはほとんどドライバー業務。しかも上司からは無茶な要求ばかり。「あのホテルまで15分で行ってこい」なんて言われることもあったのですが、店からは高速道路を使っても到底間に合わない距離。それだけじゃなく、まだ教わってない仕事を丸投げされることも。最初は風俗業界ってこういうものかと思ってたけど、人を駒みたいに扱うのはおかしいと感じて3カ月くらいで辞めちゃいました。
そんなことがあったから、ナイトワークはもういいかなとも思ったんですよ。でも「もう一度だけ……」と考え直し『クラブアイリス名古屋』に転職を。
――新天地はどうでしたか?
今までとは大違い。入社してもうすぐ半年ですが、“無茶な要求”なんて一度もありません。
それに前の店では電話対応も女の子の管理も任せてもらえなくて、自分の手が届かない業務ばかり。ましてや役職者なんて夢のまた夢。でもこの店ではすべての業務に自分の手が届くんです。最初からいろんな仕事を教えてくれるし、店長クラスの業務だと思っていたお金の管理も任せてもらえました。
――現在のメイン業務は?
内勤業務はほとんど任せてもらっています。電話対応はもちろん、備品の発注に至るまで、一通りはできるかな。ここまで成長できたのは、先輩や上司が優しく業務を教えてくれたから。「この経験は自分のためになるし、自分の財産になるはず」とまで言ってもらえたのはうれしかったですね。
今では後輩ができて、私が指導したりフォローしたりする立場になりました。とは言っても、まだまだ自分のことで精いっぱいなんですけど(笑)。
――では、どんな人が活躍できると思いますか?
どんなことでもがんばれる。それだけで十分だと思います。仕事を覚えるのが早いとか遅いとかは関係ありません。提出したシフトに責任を持って出勤さえしてくれたら、私たちがイチから業務を教えていくので、安心して応募してほしいですね。
――最後に読者へメッセージをお願いします。
最初は不安も多かったけど、周りのサポートがあったから、今まで続けてこられました。だからこそ、これから入社される方には、なんでも相談してほしいし、遠慮せずに頼ってほしいです。
少しでも興味があれば、見学だけでも構わないので、ぜひ一度職場の雰囲気を見に来てください!
その店はとにかくブラックだったんです。内勤スタッフとして入社したのに、任されるのはほとんどドライバー業務。しかも上司からは無茶な要求ばかり。「あのホテルまで15分で行ってこい」なんて言われることもあったのですが、店からは高速道路を使っても到底間に合わない距離。それだけじゃなく、まだ教わってない仕事を丸投げされることも。最初は風俗業界ってこういうものかと思ってたけど、人を駒みたいに扱うのはおかしいと感じて3カ月くらいで辞めちゃいました。
そんなことがあったから、ナイトワークはもういいかなとも思ったんですよ。でも「もう一度だけ……」と考え直し『クラブアイリス名古屋』に転職を。
――新天地はどうでしたか?
今までとは大違い。入社してもうすぐ半年ですが、“無茶な要求”なんて一度もありません。
それに前の店では電話対応も女の子の管理も任せてもらえなくて、自分の手が届かない業務ばかり。ましてや役職者なんて夢のまた夢。でもこの店ではすべての業務に自分の手が届くんです。最初からいろんな仕事を教えてくれるし、店長クラスの業務だと思っていたお金の管理も任せてもらえました。
――現在のメイン業務は?
内勤業務はほとんど任せてもらっています。電話対応はもちろん、備品の発注に至るまで、一通りはできるかな。ここまで成長できたのは、先輩や上司が優しく業務を教えてくれたから。「この経験は自分のためになるし、自分の財産になるはず」とまで言ってもらえたのはうれしかったですね。
今では後輩ができて、私が指導したりフォローしたりする立場になりました。とは言っても、まだまだ自分のことで精いっぱいなんですけど(笑)。
――では、どんな人が活躍できると思いますか?
どんなことでもがんばれる。それだけで十分だと思います。仕事を覚えるのが早いとか遅いとかは関係ありません。提出したシフトに責任を持って出勤さえしてくれたら、私たちがイチから業務を教えていくので、安心して応募してほしいですね。
――最後に読者へメッセージをお願いします。
最初は不安も多かったけど、周りのサポートがあったから、今まで続けてこられました。だからこそ、これから入社される方には、なんでも相談してほしいし、遠慮せずに頼ってほしいです。
少しでも興味があれば、見学だけでも構わないので、ぜひ一度職場の雰囲気を見に来てください!
写真・記事:メンズバニラ編集部
店長・幹部候補
松島梨沙さん 32歳
年収450万円以上
勤続年数0年5ヶ月
沖縄県出身。高校卒業後は静岡県のホテルに就職するも、震災の影響で帰郷を余儀なくされる。その後、看護師を目指し22歳のとき看護学校へ。しかし1カ月で退学しアメリカに留学。日本に戻り、結婚したことで専業主婦に。32歳で『クラブアイリス名古屋』へ入社し、明るい性格で職場の雰囲気を和ませている。
愛犬のポメラニアンと過ごす時間が一番の癒し。「自分の子どもだと思っています」とのこと。
松島梨沙さんがはたらく会社の求人募集情報
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応募について
◆ドライバーさん急募・未経験の方もお気軽にご応募お待ちしております!
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スタッフ全員が【ここはホワイト!】と言ってくれる環境を目指し続けます!
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職位
一般
年齢
31歳
勤続期間
6ヶ月
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合計450,000円
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基本給330,000円
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月ボーナス120,000円
店長・幹部候補
職位
主任
年齢
28歳
勤続期間
1年 2ヶ月
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合計775,000円
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基本給300,000円
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役職手当100,000円
-
月ボーナス375,000円
送迎ドライバー
職位
送迎ドライバー(1日分)
年齢
27歳
勤続期間
1年
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合計12,690円
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時給1h/1050円9,450円
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ガソリン代3,240円
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