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INTERVIEW
Aグループ
店長・幹部候補
櫛田 雄司さん 52歳

安定を捨てて夢を追うも挫折。人生半ばで飛び込んだ夜の世界で、新たなやりがいと夢を見出す

安定を捨てて夢を追うも挫折。人生半ばで飛び込んだ夜の世界で、新たなやりがいと夢を見出す

Aグループ

店長・幹部候補
櫛田 雄司さん 52歳
年収
450万以上
勤続年数
6年0ヶ月

東京都出身。高校卒業後、郵便局に就職。20年間勤めたのち、郵政民営化のタイミングで早期退職する。その後、夢であったプロのミュージシャンを目指し、音楽活動に精を出すも挫折。そんな矢先、たまたま『Aグループ』の求人を見つけて応募。入社して6年が経った現在は、2店舗の店長代理を務め、グループの発展に貢献している。
日課は「事務所近くに住みつく猫を撫で回す」こと。

“プライドを失った”公務員生活に終止符。高校時代からひっそりと抱いていた、ミュージシャンの夢を追う

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――これまでの経歴をお聞かせください。

高校卒業後、郵便局に就職しました。今から30年以上も前なんで、まだ国営の時代でしたね。

――ということは元公務員?

そうです。最終的には局長代理という、その局でナンバー2の役職に就くことができました。まあ、そこまでいけたのはまがりなりにも20年続けたことと、私が勤務していた郵便局がそんなに大きくなかったというのもあるんですけど(笑)。

――郵便局に就職した動機は?

もともとは公務員になるつもりなんてさらさらなかった(笑)。
私は小さな頃からずっと勉強が苦手だったから、高校には行ったものの、大学へはどうしても進学したくなくて。とりあえずなんの気なしに郵政事務の国家公務員試験を受けてみたんです。絶対に受からないだろうな、なんて思いながら。そしたら、まさかの合格でビックリ(笑)。

――(笑)。20年続けたにもかかわらず、なぜ退職を?

平社員の頃は、忙しくても“国民の生活を支える仕事をしている”というプライドを持ちながら働けてたからよかったんですけどね。でも役職に就き、業務に「集配ミスの謝罪回り」が加わって一変。年収は最高時で750万円くらいもらえてましたが、毎日頭を下げるばかりの仕事が本当に嫌で嫌で……。
そんなときにふと沸いたのが郵政民営化の話。民営化に伴い早期退職をすれば退職金が上乗せされるとのことだったので、ここぞとばかりに辞める決意をしました。役職者としての責任感でずっと耐えてたから、辞表を提出したときは晴れ晴れとした気分でね。これでもう謝罪の日々から解放される。ようやく音楽活動が思う存分できるって。

――音楽活動?

実は高校時代にキーボードをはじめて、将来はプロのミュージシャンになって音楽で飯が食えれば、なんて夢をひっそりと抱いてまして(笑)。だから進学も就職もそんなに真剣に考えてなかったというわけです。
公務員になってからも空いた時間を使って練習したり、作曲したり。技術が備わってくると音楽のコミュニティーが広がってきて、某アイドルグループや有名ゲームの楽曲にアレンジャーとして参加したことも。
でも、公務員は副業禁止なのでいくらやってもノーギャラ。ずっとボランティア状態でしたね(笑)。

突然の病で閉ざされたミュージシャンへの道。“夢を打ち砕かれた”男は、興味本位で夜の世界へ

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――それからは音楽活動に本腰を?

はい。アレンジャーもいいんですけど、やっぱり夢はプレイヤー。今度は表舞台で成功してやろうと意気込んで。でも現実は厳しく、そううまく事は運びませんでした。
それに加えて30歳のとき、両親のために住宅ローンを組んで家を購入してましてね。しかも、普段から音楽活動に給料の大半を注ぎ込んでいたこともあって、退職金が上乗せされたとはいえ懐に余裕がある状態ではなかった。だから郵便局を退職後すぐに、債権督促を行うコールセンターに派遣社員として入社したんです。
泣かず飛ばずに近い音楽活動と両立しながら6年くらい働いたけど、あるとき急に右目の視力がガクンと落ちて……。

――原因は?

目の血管が詰まって血液が流れなくなる、網膜中心静脈閉塞症という病気でした。目の卒中って言うとわかりやすいかな。今ではほとんど見えない状態なんですよ。
さらに因果関係はわからないですが、その頃から両手に痺れの症状も出始めて、音楽でのプレイヤーを諦めざるを得なくなり……。

――それは辛い。

本当に一時は絶望しました。でも軽い演奏はできたし、聴くだけでも音楽は十分楽しめた。これからは夢ではなく趣味として音楽を続けていこうと決めたんです。

――普段の生活に支障は?

ほとんど問題なかったんですけど、コールセンターの仕事だけは別。素早いパソコン入力が求められるため、私は戦力外となり退職を余儀なくされて。
だから、早急に次の職を探すべく職安へ通い始めました。そこで偶然『Aグループ』の求人を見つけたんです。

――職業安定所にナイトレジャーの求人が?

ありましたね。一昔前まではナイトレジャーの男性用求人サイトがあまりなかったからかな。
で、そのとき思ったんですよ。夢を諦めて新しい職に就くなら、まったく経験したことのない何か面白そうな仕事をしてみたいなって。正直、パチンコ屋にもちょっと惹かれたけど、ひとまず『Aグループ』の面接を受けてみることに。まあ、46歳の男を雇ってくれるところってそれくらいしかなかったし(笑)。
事務所に提灯とか飾ってあったらどうしよう、なんて想像してたんですけど、一般企業の事務室みたいなところに通されたので逆にビックリ。それに加えて、面接官がすごく丁寧に業務内容を説明してくれたので、「2日後から働けますか?」との問いに「はい」と即答。その日のうちにスーツを新調したという(笑)。

感謝されるよろこびで毎日が楽しい。“新たなやりがいと夢”を胸に、さらなるグループの発展を目指す

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――入社後のことを?

まずはドアマンをやりながら、清掃などの雑務を。1つの仕事を覚えるに従って、次は電話対応、次はフロントでお客様対応、次は女性のスケジュール管理と徐々に業務が増加。それでも周りの先輩方がサポートしてくれたから、未経験でもすぐになじむことができました。

――順調な滑り出しですね。

ずっと顧客対応の仕事をしていたので、言葉遣いや礼儀などは問題なかったのかなと。それでもお客様や女性との適切な距離感を掴むという点には苦労したんです。一般の接客業とは違い、風俗店のスタッフの仕事は近過ぎず遠過ぎずといった独特の距離感が必要。私が何気なく掛けた言葉でお客様を怒らせたり、女性を傷つけたりすることもしばしば。慣れるのには半年から1年くらいは掛かりましたよ。
でも、私は今日まで一度も大変と思ったことはなくて。むしろ毎日が本当に楽しかった。

――その理由は?

感謝されることですかね。この仕事はお客様から「いい子を紹介してくれてありがとう」とか、女性から「櫛田さんが案内してくれたお客様がリピーターになった」とか、目に見えて努力が報われることが多い。今では店長代理を務めているので面接官を担当することもあって、採用した女性が「入店してよかった」と言ってくれるのも本当にうれしい。郵便局の謝罪回りやコールセンターの債権督促の仕事では一生懸命な姿勢で取り組んでも、相手から感謝されるなんてほとんどありませんでしたから(笑)。
プロのミュージシャンを諦めて一時は心にぽっかりと穴が空いてましたが、この仕事が私にやりがいを与えてくれた。主に担当している『ニューヨークニューヨーク』と『シャンゼリゼ』、この2店舗を上野エリアでナンバー1にするのが新たな夢です。まあどちらかしかナンバー1にはならないけどね(笑)。

――(笑)。今後どのような人材を求める?

店長代理の私自身が46歳かつ未経験からのスタートです。だから年齢や経験の有無は関係ないと思ってます。やる気がある方はどしどしご応募ください。

――ちなみに今も音楽は続けていますか?

はい。この仕事をはじめてから手の痺れがかなり落ち着いたこともあり、休みの日はちょくちょくキーボードを触ってるんです。いつかライブを開きたいな、なんて考えたりしながら。
そのときのために、いっそのこと『メンズバニラ』でバンドメンバーも募っちゃダメでしょうか?(笑)
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

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Aグループ
職種 風俗ワーク/店舗型ヘルス
地域 東京都・上野
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