PROFESSIONAL
INTERVIEW
春夏冬
店長・幹部候補
栗原 啓輔さん 26歳

クソジジイとの出会いが無責任な自分を変えた。元・ダメ社員が退路を断って挑む、ミナミの頂点

クソジジイとの出会いが無責任な自分を変えた。元・ダメ社員が退路を断って挑む、ミナミの頂点

春夏冬

店長・幹部候補
栗原 啓輔さん 26歳
年収
500万以上
勤続年数
7年0ヶ月

大阪府出身。高校時代はボクシングに打ち込む。卒業後、浪費や突然の退職など無計画な日々を送り19歳にして生活が破綻。父名義の賃貸住宅で家賃を滞納したうえに雲隠れし、寮目当てで『宗右衛門グループ』へ。
入社当初は“ダメ社員”のレッテルを貼られるも、やり手の部長よりチーフの役職を与えられ一念発起。約1年にわたり売り上げ目標を達成し続け、店長就任を果たす。特技は“上司イジり”。

ボクシングとバイトと遊びに明け暮れた10代。無職になっても浪費し続け、自ら“路頭に迷う”

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――ご出身は?

大阪府の南のほうです。地元のアホな高校に通っていたから、入学したての頃は校内で絡まれるようなことも珍しくありませんでした。僕自身はヤンキーともオタクとも仲良くなれるタイプだったんですけど、まあ売られたケンカは買いますよね(笑)。

――やんちゃそう……。

いやいや、普通の高校生でしたよ(笑)。ただ高校2年生から卒業まではボクシングをやっていたから、そこはやんちゃと言えなくもないかな。……でも別にケンカのために始めたわけじゃなくて、当時憧れていた某プロボクサーに影響を受けただけで。彼は僕と同じ関西出身で、しかも世界タイトルをいくつも取るほどの実力派。テレビで見るたびに「カッコええなあ」って思っていました。
練習は痛くてツラかったけど、家族にも友達にも「俺、ボクシングやんねん」って触れ回って始めたから辞めるに辞められず。今思えばすぐに挫折するようなダサい結果にならないように、わざと自分のことを追い込んでいたんだと思います。ボクサーって試合前の会見でよくKO宣言とかするじゃないですか。あれと同じです(笑)。

――(笑)。得るものはあった?

「何が起こっても大丈夫」って心の余裕を持てるようにはなりましたね。ボクシングと同時期に中華料理屋でバイトも始めたんですが、流行っているうえに客層もあまりよくなくて、すぐに辞める子も多かった。実際地元では「あの店で働くのはキツいで」と噂されていたらしいですけど(笑)。
でも洗い場、調理、ホールとどんどん仕事を覚えて、文句を言いつつも平然と回せるようになり、最終的には「高校出たら社員になって」と誘われるようになっていました。

――卒業後の進路は?

フリーターとしてしばらくは中華料理屋でそのままバイトを。ただ1年も経たないうちになんとなく飽きて辞めちゃったんですよね。当時は本当に計画性がなくて……。
実は高校を卒業してからめちゃくちゃ遊ぶようにもなって、実家を追い出されて1人暮らしを始めたんですよ。親父とは「今の仕事を続けるなら部屋くらい借りてやる」って約束で。
それなのに無職になるわ、貯金はある分全部使うわで退職から1カ月ほどすると生活費どころか家賃すら払えなくなり、最終的には家具も全部ほったらかしてこっそり家出する始末。その後しばらくの間は両親から何度も着信があったけど、気まずくてそこから音信不通に……。我ながら最低な息子だったと思います。

住居と仕事を求め嫌々足を踏み入れた夜の世界。“クソジジイ”との出会いが、鬱屈とした日々を変える転機に

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――『宗右衛門グループ』入社の経緯は?

ひとまず住むところと仕事を確保しようと友達を当たったら、寮付きの職場を紹介してくれて。それが『宗右衛門グループ』でした。
入社前はマンガやドラマの影響で夜の世界に悪印象を持っていたので正直気は進まなかったんですけど……。のんびり選べる状況でもなかったから、大人しく面接を受けて会社と寮に入れてもらいました。

――ほとんど嫌々。

そうですね。だから最初の1、2年はやる気も出ませんでした。特に当初配属された店は人手不足のせいで仕事がキツく、さらにそのせいでスタッフが辞めていくという悪循環。でも僕には寮を出て暮らせるだけのお金はないし、今さら親も頼れないしで逃げ場がなくて、耐えるしかなかった。
それでも仕事自体はマジメにやっていたし、周りからも「デキる」とは言われていました。とはいえ嫌気が差して無断欠勤や遅刻を何度かやらかしたことも何度かあって。徐々に「実力はあるのに残念なヤツ」みたいなレッテルを貼られるようになり、ほかの店に異動しても、同い年の同期が出世しても、僕はずっと平社員のまま……。

――転機は?

入社から4年経った頃、東京の系列店から部長が転勤してきました。よそから来ていきなり上司って言われても実力は知らないし気の強そうなオッサンだしで、第一印象は「なんや、この“クソジジイ”は」(笑)。それで最初は避けていたんですけど、いざ一緒に働くと仕事がデキるうえに人に好かれるのも抜群にうまくて、いつの間にか僕もよく話すようになっていた。ただ親しくなると「もっと責任感を持て」とか説教されるようになったんですよ(笑)。
その頃の僕は腐りかけというか、何年経っても入社当初の無断欠勤を蒸し返され続けるのに疲れて「もう辞めたろかな」って内心思っていた。そうしたらある日突然、部長が僕にチーフの役職を提示してきまして。今までも説教してくるヤツはいたけど「まさかそう来るか」と。当然断ってはみたものの、結局逃げきれず(笑)。

――いきなりの展開。

本当は当時この昇格には相当な反対があって、部長はそれを説き伏せてくれたそうです。その裏事情を知ったときは本当にうれしかった。だから部長が正しいことを証明するためにも、必ず結果を出してみんなを見返すと決めました。
それから1年ほどは必死で月間の売り上げ目標を達成し続け、マネージャーを経て、『GOGOキャバクラ 電車編』に店長として赴任することになったんです。

恩師と部下たちを思い“芽生えた責任感”。ダメ社員のレッテルを剥がし、グループの次世代を担う中核に成長

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――店長になってからのことを。

マネージャーの頃は、会社から「頼むから辞めんといてくれ」って言われる存在になったら辞めようとか、まだ自己中心的な考えもあったんですけど……。今度は自分がみんなを守る側だから、子どもみたいなことは言っていられない。女の子の稼ぎも売り上げのよしあしも全部僕の責任です。
うちの店は20歳そこそこの若いキャストが中心だし、世間知らずな子も少なくない。だから「約束は守らなアカン」とか「目上の人間にタメ口で頼みごとするな」とか社会の常識以前のことを教えなきゃいけない場合もあります。
女性はこの業界でずっと働き続けられるわけじゃないから、店を卒業したあとも、まっとうに生きていけるようになってほしい。常識や気遣いは稼ぎにも影響しますから、女の子のためにも売り上げのためにも、厳しく接している部分はありますね。

――すごい成長。

「俺がおらんと、この子らどうなるんやろ」って思うとね(笑)。教育のかいもあってか、うちの店の成績はグループで2位。それに卒業してから一般企業に就職した子も多いんですよ。辞めたあと、「近くまで来たから」って事務所に顔を出してくれる子もいて。無事に社会人としてやっていけていると思うとうれしいものです。

――今後の目標は?

この店でミナミのテッペン取って辞めること(笑)。でも仮に1位になったら、また別の目標を言い出すとは思います。結局、僕は先に大口をたたいておかないと、心が折れそうなときに踏ん張れない。
もし仕事が続かないっていう子がいたら、男でも女でも、面接の前に全部持ち金を使って来たらええと思いますよ。逃げられない状況を作れば働くしかないですから(笑)。

――そういえばご両親との関係は?

今は普通に連絡を取ってますよ(笑)。3年ほど前、突然親父から店に身内の危篤を知らせる電話が掛かってきて。「なんで居場所知ってんねん」とめちゃくちゃ驚きましたけど、急いで実家に帰って両親にも今までのことをちゃんと謝りました。
実は僕が『宗右衛門グループ』に入社した当初から情報をつかんでいたらしいです。ただ「ちゃんと働いてるならええわ」と放っておいたと。
親父も部長みたいに“人に好かれる人”なんで、顔が広いみたいですね。正直「カッコええな」ってホンマに思います。直接は言うたらんけどね(笑)。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

従業員満足度業界№1クラス
春夏冬
職種 ナイトワーク/店舗型
地域 大阪府・心斎橋
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