PROFESSIONAL
INTERVIEW
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美 STYLE(ビ スタイル)
店長・幹部候補
坂木 司さん 46歳

原動力は好奇心と人類愛、そして武士道精神。若い世代の育成に力を注ぐ、黒子の美学

原動力は好奇心と人類愛、そして武士道精神。若い世代の育成に力を注ぐ、黒子の美学

美 STYLE(ビ スタイル)

店長・幹部候補
坂木 司さん 46歳
年収
500万以上
勤続年数
1年6ヶ月

大学を卒業後、大手総合商社へ入社。強靭な胃袋を武器に宴会の盛り上げ役として世界各地を転々とする日々を過ごす。しかし気まぐれに端を発し、20代半ばからは名古屋で金融業、ナイトレジャー業を経験。
現在は『美 STYLE』が属するグループ『美Production』にて統括店長を務める。
謙虚さこそを美徳とする、縁の下の力持ち。

順風満帆な商社マンとしての生活を捨て“気まぐれ”で始めた金融屋。そしてひょんなことから夜の世界へ

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――これまでの経歴は?

生まれは京都、育ちは九州。大学進学で名古屋に。卒業後の進路は総合商社ですね。退職するまでの7年間は海外出張ばかりの生活でした。
僕ね、苦手な料理というか、食べられないものがなくて。発展途上国のコストが安い商品を仕入れる仕事だったんで、取引先との食事会では現地の食材を使った料理が出てくるわけです。全部ペロッと食べちゃうから、本当にウケがよくて、いろんな国に連れて行かれましたね。
各国を飛び回って宴会を盛り上げて帰ってくるみたいな(笑)。

――特に印象に残っている食べ物は?

ラオスかどこかで食べた、大きなトカゲみたいなやつの姿焼きですかね。でも鶏のササミみたいな感じでおいしかったです。ほかにはフィンランドの伝統料理のシュールストレミングかな。すごい匂いがするんですけど、僕は鼻も悪いもんで普通に食べちゃいました(笑)。
基本的に東南アジア系は昆虫が出てきたりして、ヤバかったですね。それでもお腹を壊すようなことは全然なかったですけど。

――なぜ順風満帆で楽しそうな商社を辞めてしまった?

大学生のときにバイトをしていたスナックで知り合った、常連さんの仕事を手伝うことになって。まあ気まぐれみたいな感じですよ(笑)。
で、その人は金融屋さんだったんですよね。「金融ちょっと、気になるなー」みたいな。
金融屋っていろんな情報が集まるんですよ。あの会社とあの会社はこういう関係があってこうだとかね。
例えば、デカい工事現場っていくつかの会社が協力して動くじゃないですか。必ずプレハブが建ちますよね。あの1個2個にも利権があるんです。もちろん外枠だけじゃなくて、エアコンとかにも。そういう話を聞いて、面白そうだなって。

――金融の仕事は想像通り楽しかった?

“人との付き合い”が主な業務ですよね。いろんな人がいて面白かったなあ。
で、1年経つか経たないかくらいのときに、ひょんなことから当時の顧客の人と岡崎市で派遣型の店を始めることになるんです。そしたら開業1年で大ヒット。20年前のこの業界なんて、料金単価は今より高くて、女の子の質は低い。だけど家賃6万のアパートとプリペイド携帯くらいしか経費は掛からなかったし、すごく儲かったんですよ。
でも4年目くらいに共同経営していた出資者同士で仲違いしちゃって。「やーめた!」って感じで、僕は身を引いたんですよね。

まずは人材育成。“これからのグループを担う世代”に長年の経験を伝えることが、統括店長の責務

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――その後は?

今『美Production』が入ってるビルの同じフロアで営業してた派遣型の店に。
名古屋で常にナンバーワンっていうくらいの人気店だったんで、忙しかったですよ。まあ結局そこの部長とケンカして辞めちゃうんですけど(笑)。6年くらい働いてたのかな。
あの当時、まだ全然ヘボかった『美Production』が、かつて名古屋でトップを張ってた店と同じ場所に事務所を構えてるって考えると、感慨深いものがありますよね(笑)。
で、そのあと一宮市の激安店で同じく6年くらい働いて、今に至るっていう。

――『美Production』を選んだ理由は?

誘われたんですよ。以前働いていた店でキャストをやっていた子が、今この会社で内勤スタッフをやっていて。
「そろそろ仕事も変えどきかなー」なんて思っていた頃だったので、「じゃあ行こうか」って感じで(笑)。

――随分とフットワークが軽い。入社後のことを。

まず一宮市の店舗の担当をすることになりました。今までサイトの管理なんかは全然やってこなかった古い人間なんで、女の子の出勤情報や写メ日記の更新、撮影、そういうのを勉強させていただいて、次は人妻店を任されて、売上が立たなくて失敗して……。いやー、いい勉強になりましたね(笑)。
で、1年前くらいに統括店長に昇格させていただきました。役職に見合った仕事をしろよっていう、先行投資みたいなものだと思いますけど(笑)。

――40代半ばで新しい挑戦が盛りだくさん。

でも今は、どっちかといえば周囲の成長を後押ししたり、ノウハウを落とし込んだりっていうところが僕の役割になりましたね。うちはスタッフにも女の子にも業界未経験の若い人が多いので、彼らにアドバイスすることは多いです。
なんだかんだこの仕事って、何よりも“人”が大切ですから、まずは人材育成ですよ。人がいないと何もできないですもん。

――やりがいを感じる瞬間は?

未経験で入店した女の子たちが接客の“いろは”を覚えて、お客様をよろこばせて帰ってきて「ありがとうって言われてうれしかった」って笑ってるのを見ると、僕もうれしいですね。
単純にお金が好きな子、借金を抱えた子、軽いノリで来る子、保証狙いの子、プレッシャーを掛けて伸びる子、プレッシャーで潰れちゃう子……いろんな子がいるんですよ。人によって受け止め方も全然違うし、掛ける言葉も変わってくるので、20年近くやっててもやっぱりそこの見極めは難しいです(笑)。

原動力は好奇心と人類愛、そして“武士道精神”。黒子に徹する男は未知なる可能性を待っている

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――坂本さんが考える『美Production』の魅力とは?

企画とか新しいアイディアを提案して採用されると、金一封がもらえるシステムがあるんですよ。やりたいことをどんどんアピールしていけば、実力次第では稼ぎも無限大。そういうところは魅力なんじゃないかな。
だからこそナイトレジャー業界に染まりきっていない、未経験者ならではの発想がこれからすごく重要になってくると思います。
この会社は業界基準だと、ちょっとキッチリし過ぎてるくらいキッチリしてるんです。備品の申請書だったり、タイムカードだったり、普通の会社だったら当たり前っていうようなことばかりですけども(笑)。だからなのか、未経験で入社した人のほうがよっぽど辞めずに残ってますよ。

――今後の目標は?

やっぱり、やる気のある若い人たちがこれからグループの看板を背負って、全国展開まで行ってくれたらいいですよね。僕の役割はその後押し。
で、社長と2人でお茶を飲みながら、名古屋からみんなの活躍を眺めているみたいなのが理想(笑)。

――あまり前に出たいタイプではない?

『武士道』っていう、日本人の文化や信条を記した新渡戸稲造の著書は知ってます? 僕は小学校から大学まで剣道を続けていたんですけど、師匠が『武士道』の教えを大切にしている人で。その訓示を受けて育ってきたので「人は謙虚であるべき」っていう考えは今でもありますね。それに僕が育ったところは、九州の佐賀……“葉隠の里”なんですよ。「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」って言い回しで有名な『葉隠』って書物が書かれた旧鍋島藩。葉隠の里の剣道場に毎日通って、『武士道』を読んで育った。だから、アピールすることが好きじゃないんですよ。
それに、僕はもう選手兼コーチみたいな役回りでいいのかなと思ってるんですよね(笑)。もうあと何年かしたら50歳ですし、若い子にはなかなか勝てませんよ。

――この先、いつまで仕事を続けていきたい?

仕事は面白いんで、できる限りは続けていきたいですよね。いろんな女性や男性がいたり、事件もあったり……(笑)。やっぱり根底には「人が好き」みたいなものがあるのかもしれませんね。
それに僕は、仕事を仕事なんて思ってないんですよ。別に半日以上働いたって、休みがなくたって、全然苦にならない(笑)。
だからまあ、失うものも多いですけどね。普通の家庭みたいなものは持っていませんし……(笑)。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

トップクラスをひた走る我々美STYLEは飽くなき探求心で常に至高のサービスを提供し続けるプロフェッショナル集団です…
美 STYLE(ビ スタイル)
職種 ナイトワーク/無店舗型
地域 愛知県・名古屋・栄

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