PROFESSIONAL
INTERVIEW
おもいっきりchikan電車
店長・幹部候補
名倉 慶さん 30歳

孤児、イジメ、借金。暗く長いトンネルを抜けた男は、人生を懸けた夢に向かって、快速でひた走る

孤児、イジメ、借金。暗く長いトンネルを抜けた男は、人生を懸けた夢に向かって、快速でひた走る

おもいっきりchikan電車

店長・幹部候補
名倉 慶さん 30歳
年収
1,000万以上
勤続年数
4年3ヶ月

『おもいっきりchikan電車』の名物店長。両親の育児放棄により、乳児期から15歳までを児童養護施設で過ごす。その施設と学校で壮絶なイジメを経験し、さらに父親の借金を肩代わりするなど、数々のトラブルに見舞われたものの、過酷な出来事を乗り越えた現在は、明るく頼もしい人柄を形成している。
夢は“理想の児童養護施設”の経営。数年前より自分が育った施設に寄付金を毎月のペースで贈る義理堅い男。

物心ついたときからイジメられっ子。児童養護施設と学校を飛び出して、ようやく手にした“仲間と居場所”

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――ご出身は?

生まれは東京都あきる野市、らしいです。

――らしい?

あのー、重く捉えないでくださいね(笑)。僕、赤ん坊のとき両親に捨てられて、児童養護施設で育ちまして。しかもその中でめちゃくちゃイジメられてたんです。小学校に入れば友達ができるかと思いきや、孤児ってだけで鼻つまみ者。施設でも学校でも苦痛に耐えるどん底の日々が、中学生になっても続きました。
そんな感じだったので、中学校2年生からはほとんど不登校。やってたことといえば、左官の仕事の見学くらい。

――なぜ左官の見学を?

早めに卒業後の進路を決めたんですよ。孤児向けの就学援助は義務教育のうちだけで、高校以降は受けられないので。ちなみに仕事探しの方法は、街ナカの工事現場で働く人に直接頼む、アナログなやつ(笑)。まあ実際は、工事現場の前で勇気が出なくてボーッと突っ立ってる僕に、親方が「どうしたんだ?」と声を掛けてくれたんですけど。それで事情を話したら、トントン拍子に就職が決まったという感じです。

――働いてみた感想は?

厳しい先輩ばかりでしたが、休憩やオフの時間は上も下も関係なくバカ話で盛り上がる。そんなところがすごく居心地のいい職場でね。生まれて初めて心を開ける仲間ができたんです。自分は大人数でワイワイしゃべったり、ふざけて人を笑わせたりすることが好きなんだと、初めて知りました。それに技術が身に付けば付くほど、自分もみんなの役に立てている気がしてうれしかった。休みは日曜日だけで、盆も正月も仕事だったけど、とにかく楽しい毎日でした。

――いい職場に出会えましたね。

はい。それに、就職と同時に施設を出て、親方の家に居候させてもらったんです。しかも米を1粒でも残すとシバかれる、スパルタ教育付き(笑)。だけど「親父がいたらこんな感じなのかなあ」って、むしろうれしくて。あと「なんでも前向きに行け!」といつも言われてたから、僕の考え方もだんだんポジティブに変わっていった。イジメのせいで染み付いてしまった、人と目を合わせることへの恐怖心も、おかげでかなり克服できました。

人生を変えてくれた恩人からの自立。つらい記憶と理不尽な運命を“バネに代えて”夜の世界の門を叩く

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――見る見るうちに人生が好転。

ところが「左官の仕事を続けていけるかな」と、徐々に迷いが生じてきてしまって……。嫌いではなかったものの、もっといろんなことを経験してみたかった。もちろん大きな恩がある以上、すぐに辞めようとは思いませんでしたけど。
そして21歳のとき、親方の家から自立することになりまして。僕はこれが節目だと感じて、親方へ胸の内を正直に話したんです。すると「若いうちに好きなことをやったほうがいい」と言ってくれた。こうして僕の本当の意味での自立が決まりました。
ちなみに親方とはそれ以降もたまに会って、近況報告をし合う関係でした。今はもう病気で亡くなってしまったんですが、かけがえのない恩人ですね。

――その後は?

まずは北関東で期間工を2年ほど。そのあとは都内で引っ越し屋、コンビニ店員、チラシ配りなどさまざまなアルバイトをやったけど、ピンとくる仕事に出会えなくて。
左官時代に比べて時間に余裕があったので、鎌倉、江ノ島、高尾山とか、子どものときに参加できなかった学校行事の行き先に足を運んだりもしました。
で、あるとき僕が育った児童養護施設も訪ねてみたんです。そこは内装や雰囲気が当時とまったく変わってなくて、いろんな記憶がよみがえってきて。学校で僕だけ給食を配ってもらえなかったときの空腹感とか、それを紛らわすために裏山で野生の木の実を食べていたこととか……。そのときですね、そろそろ腰を据えて働こうと決心したのは。「このまま定職に就かなければ、将来の自分も木の実を食べているかもしれない」って。

――つらい記憶に背中を押されたと。

しかもちょうどその頃、僕に800万円の借金があることが発覚したんです。

――どこで作った借金が……?

実はある日、両親の死亡通知が届いたんですが、「ふーん」って感じでろくに見ることなく長期間放置してまして。しかし親父に負債があったらしく、相続放棄の手続きを行わなかったために、長男である僕へ請求が来てしまった……。
すぐに安定した給料を手に入れなければ。そう考えたとき、真っ先に思い浮かんだのが夜の仕事。早速インターネットで求人を見て、初任給が一番高かった『おもいっきりchikan電車』へ応募したんです。面接官だった当時の店長がとても熱い人でね。借金の話をしたら、手を握りながら「一緒にがんばろう」と言ってくれたっけ。その瞬間、この店でがんばっていこうと決めました。

チームプレーに魅了され、いつしか立っていた輪の中心。楽しみながら出世して“大きな夢の実現”を

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――入社後のことを。

最初は店長に叱られてばかり。でもその分、真剣に経営してるんだと感じて、逆にモチベーションが上がりましたね。1年くらい経つと細かい注意を受けなくなって、担当する仕事も増えてきた。それに伴って給料も上がり、入社から1年半で借金を完済できたんです。

――素晴らしい。

僕としては借金のためというより、すぐにこの仕事が好きになったから、楽しく働いていただけなんですけどね。それこそ、休日も店に顔を出すくらい(笑)。そんな姿勢がどんどん昇給した要因だったのかもしれません。

――この仕事の好きなところは?

一番はチームプレーの部分。やっぱり僕は人と力を合わせるのが好きなんですよ。女の子を売れっ子に成長させるため、スタッフみんなでプロデュースしてる感覚。すごくやりがいがありますね。
あとうちは受付型だから、お客様と対面して信頼関係を密に築けるところも面白い。自分で言うのもなんですけど、僕、店のマスコット的な存在になってて(笑)。

――マスコット?

始まりはウケ狙いでホームページに僕の顔写真を載せたこと。もちろん最初は店長に怒られましたよ(笑)。でも受付のとき「あ、あの写真の人!」と反応されて、そこから会話につながることが多くなってきて。だから今ではメルマガ、ポイントカード、求人ブログなど、あちこちで僕が微笑んでます(笑)。
そんなことを続けてたら、気付けば「名倉さんいる?」って、僕目当てで通ってくれるお客様が増えたんです。そうやって誰かに必要としてもらえることが実感できたのも、厳しいなりになんだかんだ自由にやらせてくれた会社のおかげですね。

――そして現在は店長に就任。今後の目標は?

楽しく店を潤わせる、それに尽きます。さらに後輩たちにもこの考え方を伝えていくつもり。物覚えが悪くても、手先が不器用でもいいので、ファンを作れるようなスタッフになってほしい。とはいえ僕と同じことをしろなんて言わないから、安心してください(笑)。
あともう1つ。児童養護施設の経営に携わること。というのも、先日久しぶりに施設を訪ねたとき、昔の僕のようにイジメられてる子どもがいたんです。そんな光景を目の当たりにして、つらい経験をする子どもを増やしたくないと強く思いました。だからまずはこの店でがむしゃらに働いて、めちゃくちゃ金を貯める。そして「家庭に問題のない子どもですら、うらやむような場所」を作り上げてみせます。
写真・記事:メンズバニラ編集部

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おもいっきりchikan電車
職種 ナイトワーク/無店舗型
地域 東京都・新宿・歌舞伎町
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