PROFESSIONAL
INTERVIEW
コーチのONANIお手伝い屋さん
店長・幹部候補
福徳さん 36歳

始まりは稼ぎたいという意欲。人を育てることの大切さを学び、男はさらなる会社の発展を目指す

始まりは稼ぎたいという意欲。人を育てることの大切さを学び、男はさらなる会社の発展を目指す

コーチのONANIお手伝い屋さん

店長・幹部候補
福徳さん 36歳
年収
3,000万以上
勤続年数
10年0ヶ月

中学校の同級生に誘われ上京。26歳のときに一念発起し、現在も成長を続けるグループの創立メンバーとなる。
新大久保の1号店を皮切りに、着々と都内に新規店舗をオープン。その後、紆余曲折を経て『コーチのONANIお手伝い屋さん』を出店。現在は2店舗の責任者を務めている。
後輩に慕われる兄貴的な存在で、大の酒好き。ただ最近は健康に対する意識が芽生え、酒の代わりにミネラルウォーターを愛飲中とのこと。

日当6,000円から生まれた“もっと稼ぎたい”という意欲。友人の誘いを機に、東京のネオン街へ

none
――まずは学生時代のお話を。

勉強はあまり得意じゃなかったんで、小さい頃から柔道に打ち込んでましたね。中学生のときには鹿児島県内でも結構有名な選手になって、強豪の高校からスポーツ推薦の話をたくさんもらってたんですよ。でも素行が悪くてすべてパーになりましたけど。

――かなりヤンチャだった?

昔から友人が多くて、中にはちょっと悪いヤツらも。そいつらと一緒に授業をサボったり、バイクを乗り回したりしてたくらいかな(笑)。
そんなこんなで高校には進学せず、地元の建設会社に就職したんです。いわゆるトビ職ってやつ。

――トビ職を選んだ理由は?

中卒だと本当に選択肢がないからしょうがなく。まあ仕事自体は嫌いじゃなかったんですけど、めちゃくちゃ給料が安くて3年で辞めましたけどね。だって日当6,000円はヒドいでしょ?
その後は、パチスロで生活を(笑)。多いときは月収が100万円を超えてたんで、しばらくは就職なんて考えもしませんでした。だけど24歳のときにパチスロ業界の規制が厳しくなり、収入がイマイチ安定しなくなってきたから、そろそろ定職に就かないといけないなと考え始めたんですよね。
そんな矢先、中学校時代の友人から運命を変える電話が掛かってきまして。

――電話の内容は?

「東京のホテヘルで店長やってるんだけど、スタッフが足りない。こっちに来て一緒に金持ちにならないか?」って。タイミングもよかったんで、速攻で荷物をまとめて東京へ。風俗業界はもちろん、接客の経験もないまま、彼の元で働きはじめました。ちなみに、主に任された仕事は受付業務とホームページの更新作業。これが案外とこなせたもんだから楽しくなって、「俺ってこの仕事向いてる」なんて思っちゃたり(笑)。
だけど1年くらい経ったとき、店長だった彼に「もっと稼ぎたいから独立をしようと思ってる。一緒にやらないか?」と誘われて。まあ俺たちが働いていた店は大手だったということもあって、スタッフの人数が多いうえ、上も詰まってた。このまま働き続けて安定を選ぶこともできたんですけど、やっぱり金持ちになりたいという思いのほうが強かったんで、すぐに快諾。そして『いま、欲しいの』という店舗を新大久保にオープンさせたんです。

ハングリー精神で勝ち取った栄光は、歩みを止めたときに輝きを失った。“身勝手な行動”による信頼の失墜

none
――経営はどうだった?

それがびっくりするほどうまくいきましたね(笑)。オープンから2カ月目にして、次はどこにお店を出そうかという話が挙がるほどでしたから。

――成功の要因は何?

立地がよかったのもあるけど、一番はハングリー精神でしょう。みんなが「もっと金を稼いでやる」「絶対会社を大きくしてやる」っていう強い気持ちを持ってがむしゃらに働いてましたから。しかも「ダメだったらすぐにお店を畳む」みたいな半端な考えではなく、資金が尽きるまでやり切ると決めてたんで。
それが実を結んで、半年後には新宿、そのまた半年後には池袋、といったふうに次々と新規出店。その頃には月収も100万円近くにはなってたんじゃないかな。それでもおごることなく、「まだまだ上を目指すぞ」と思ってたんですけどね。

――その後は?

グループを立ち上げてから3年目に『コーチと私と、ビート板・・・』という店舗をオープンさせて俺が仕切ることに。“スクール水着での接客”っていうコンセプトがハマって、今まで出した3店舗よりも好調な滑り出しを切りましてね。しかもずっと右肩上がりに売上が伸び続けたんですよ。
それからも年々店舗数を増やして、5年目にはもう大手って言ってもいいくらいにグループが成長しました。月収も150万円を超えてたと思います。

――順調ですね。

でも俺、ここで満足しちゃったんですよ。それが大失敗のはじまり。

――いったい何が?

毎月、使い切れないほどの給料が入ってくるんで、夜の街に繰り出しては朝まで飲んで、昼過ぎまで寝て、店舗には夕方に二日酔いで顔を出して、また飲みに行く、みたいな生活をほぼ毎日。そんな中でも部下を一緒に飲みに連れて行っては好きなだけ飲ませてあげたりもしてたんで、よろこんでるとばかり思ってたんですよ。それがとんだ勘違いで、「こんな自分勝手な上司には付いていけない」と次々にスタッフが辞めていく。さらにはがんばってくれてたキャストたちも辞めちゃって。その結果、次第に店が回らなくなり、売上もガタ落ち……。
このときばかりは会長からめちゃくちゃ怒られました。しかも「ウソでしょ?」ってくらいドカンと給料を下げられて。あ、ちなみに会長は一緒に独立した彼(笑)。
まあ今だから笑えるんだけど、そのときはさすがにヘコみましたよ。でも減給だけで済ませてくれた会長のために、もう一度がんばろうという気持ちにもなったんです。

失敗から学んだ“他人を思いやる”という気持ち。人材の育成こそがグループにさらなる利益をもたらす

none
――失敗して何か改めたことは?

もう普段の生活から仕事のことまで、ほぼ全部(笑)。家賃30万円のマンションを解約して、高級外車も売って、夜の街に繰り出すことも断って、開店前にはちゃんと出社して(笑)。
でも一番変わったのは考え方。これまでは少なからず「自分さえよければいい」という自己中心的なところがあったのかと。自分ではよかれと思ってやったことも、相手からしたらいい迷惑と感じることもあるんだって気付いたんです。失敗してからはスタッフやキャストと積極的にコミュニケーションを取り、他人の気持ちを一番に考えるようになりましたね。

――すぐに店は立て直せた?

いやいや、めちゃくちゃ大変でしたよ。すべてをピーク時に戻すのには2年くらい掛かったかな。でもがんばったかいがあって、そこからは順調に売上を伸ばし続けてます。

――今後の目標は?

まずは『コーチと私と、ビート板・・・』をもっと大きくする。あとは最近オープンした『コーチのONANIお手伝い屋さん』を軌道に乗せること。まあ目標というより使命といった感じだけど(笑)。
それらを実現するために今は人材育成に力を注いでます。結局のところ金を生み出すのは人の働きがあるからこそなんですよね。だからたくさんスタッフを増やさなければいけませんが、ただ増やすだけではなく、優秀な人材に育てることが大事。その子らがたくさん稼げるように成長したら、店舗はもちろんのこと、グループも自然と大きくなってるんじゃないかなと。

――ではどのような人材が欲しい?

とにかく強いハングリー精神を持ってる方にきてもらいたい。現状に満足しないで、常に上を目指す気持ちがあれば必ず人は成長します。もし伸び悩むことがあってもわれわれがサポートするので安心してください。
学歴や経験なんて必要ありません。だって俺が中卒の未経験ですから(笑)。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

本気で仕事するから楽しい。「稼ぎたい」「人生を変えたい」「金持ちになりたい」男だったら自分で稼いでチャンスを掴み取…
コーチのONANIお手伝い屋さん
職種 ナイトワーク/無店舗型
地域 東京都・池袋
インタビュー一覧に戻る

PICK UP!INTERVIEW

オススメのインタビュー

  • マイリストに追加しました

    追加したお店を見るには
    マイリスト から確認して下さい

  • 【コーチのONANIお手伝い屋さん】の求人情報

サイトに関するご意見・ご要望

いただいたご意見への返信は行っておりません。
返信の必要な内容については、お問い合わせよりご連絡をお願いいたします。

メンズバニラへのご意見ありがとうございます。

いただきました貴重なご意見は、
メンズバニラのサービス向上に役立たせていただきます。

今後ともメンズバニラをよろしくお願いいたします。