PROFESSIONAL
INTERVIEW
コーチと私と、ビート板・・・
店長・幹部候補
ゆのきさん 35歳

新たな世界に足を踏み入れて芽生えた野心。経験と知識を武器に、若き店長はさらなる邁進を続ける

新たな世界に足を踏み入れて芽生えた野心。経験と知識を武器に、若き店長はさらなる邁進を続ける

コーチと私と、ビート板・・・

店長・幹部候補
ゆのきさん 35歳
年収
700万以上
勤続年数
5年2ヶ月

静岡県出身。20歳でプロの音楽バンドを目指して上京。インディーズデビューを果たすも、このままでいいのかと思い立ち、音楽の道を諦める。なんとなく仕事をこなす日々を脱却したいと、刺激を求めてナイトレジャー業界へと足を踏み入れた。
いくつかの店を経験したのち、『コーチと私と、ビート板・・・』に入社。現在は店長として、多忙な日々を送る。
初めて買ったギターは、初心を忘れぬように、今も大事にしているとのこと。

“後悔をするのは嫌だったから”。夢を追いかけ、自らの決断で上京した先に待っていた高い壁と現実

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――ご出身は?

静岡県です。大学を2年で中退して上京したので、20歳までは居たかな。
学生時代は目立たないほうというか、自ら何かをやるってタイプじゃなかったです。ただ、中学のときに周りの影響で始めた音楽だけはハマってました。大学を中退して上京したのも、音楽で食べていきたかったことが理由で。

――思いきりましたね。

軽音楽部の先輩たちが夢を追っかけて上京していく姿を見てきたんですよ。それに刺激を受けて「俺もこのままでいいのか?」って。
当然、親は猛反対。だから、内緒で(笑)。後悔するのは嫌だったし、とにかく刺激が欲しかった。やっぱり人生は一度しかありませんから。
上京後は、ライブハウスとかでメンバーを募集してビジュアル系バンドを。インディーズでCDを出したり、いろんなとこでライブして、もちろんファンもいました。でも、4年目くらいが人気のピークで。
それからは「音楽を続けたい」って気持ちと「このまま音楽続けてていいの?」って気持ちで悩むようになっちゃって……。もう悩むようになったら終わりだなって思ったんですよね。

――音楽はあきらめたと。

はい。けど、反対を押しきって上京した手前、地元にも帰りづらいし、とりあえず仕事を見つけようと。それで始めたのが事務仕事でした。でも、これがとにかく苦痛で……。平坦というか、ずっとこの仕事をしていくのかと考えると、物足りなく感じてきてすぐに退職しちゃいました。

――その後は?

お金もなかったし、高収入に惹かれて風俗業界の仕事を探し始めたんです。
あまり客として利用したことがないから知識もなくて、正直悪いイメージばかりあったのも事実。だから、面接だけでも受けようくらいの気持ちで応募しました。そうしたら、普通の会社と同じ感じの面接だったし、じゃあ、がんばってみるかってことで。やっぱり人生は一度しかないですから(笑)。

――実際に働いてみていかがでした?

そこは今の店とは別なんですが、目の回る忙しさで、しかも上下関係に厳しい。朝礼で社歌を歌わされるし、軍隊かよって(笑)。清掃や雑用しか教わらないし、業界自体が初めてなもんで、これが普通なんだって言い聞かせて必死に仕事したけど、体力的にも精神的にもキツかったですね。
しかも、仕事内容も給料も変わらないのに、入って3カ月で名前だけの店長にさせられたから、さっさと辞めちゃいましたよ(笑)。

求めるのは“自分への評価”。業界経験と知識を積んで、内に秘めた闘志が芽生え始める

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――散々でしたね(笑)。

いや本当に(笑)。でも、どんな仕事も、自分の力で地位を手に入れれば、少しは胸張って地元に帰れるかなって思ってたから、この業界でもう少しやってみようという気持ちもあったんです。
そういうわけで、次もとあるホテヘルに。忙しさは相変わらずでしたが、広告、求人サイトとかネット関係や、システムのことまで丁寧に教えてもらえたので、仕事内容が全然違いました。
それに清掃も待機場所だけだから、正直前と比べたら楽だなって(笑)。

――いい職場を見つけられたと。

まあ、そこも2年くらいで辞めてしまったんですけど(笑)。

――(笑)。一体何が?

マニュアルや教育はしっかりしているけど、“言われたことをただこなす”という点は変わらなかったからです。役職が上がるチャンスもなかなかなくて、自分が評価されてるという感じもない。
加えて、お世話になっていた上司や、仲がよかった同僚が辞めていったことも追い打ちになりましたね。
でも、このときにはもう風俗業界を辞めようとは思わなかった。

――それはなぜ?

風俗業界を何も知らなかった頃とは違って、仕事に対しての理解や知識が深まったことかな。だから、今度はこれまでに得た知識と経験、鍛えられた根性を活かして「やってやろう」って気持ちでいっぱいだった。もう、心の中は燃えてましたよ。
そこから、『コーチと私と、ビート板・・・』に入社したというわけです。

――『コーチと私と、ビート板・・・』を選んだ理由は?

実は、前職のときから店の存在は知っていました。でもその程度で、まだまだ「これからなのかな」という印象でした。
だからこそ、チャンスが転がっていると感じて。ここなら自分を評価してくれる、自分の実力で上がっていけるなって漠然と思ったんです。 

――入社後は?

最初に感じたのが、働きやすいなということ。これまでよりも勤務時間は短かくてしっかりお休みも取れるのに、給料はきちんともらえたし。
何より、当時の店長やマネージャーがよくしてくれて。プライベートもお世話になってましたね。これまでの実績を加味して、早い段階からいろんな仕事を任せてもらえたこともうれしかったな。だから、「この人たちと一緒に店を大きくしていきたい」という気持ちも強かったんです。
それに、より一層、がんばろうと思うきっかけもあって。

実を結んだ“自らやる”という姿勢。さまざまな困難を乗り越え、さらに意欲を上げていく

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――きっかけとは?

ある程度仕事を覚えてきた頃に、当時の店長がグループ店に移籍するからという話をされたんです。そのとき、直々に「君にお店を任せていきたい」と言ってくれた。あらためて「自分を評価してくれたんだ」って感じられましたね。
入社して1年も経たないうちに、店長という役職をきちんと受け継ぐことができた。あのとき風俗業界で成功することを諦めなくてよかったなと思います。

――がんばったかいがありましたね。

でも、そこからは苦労の連続ですよ(笑)。ちなみに特に大変だったのは教育。どこか“働いてもらっている”っていう気持ちがあって、女の子に対してもスタッフに対しても遠慮してうまく叱ることができなかった。

――どのように乗り越えた?

あるとき思ったんですよ。人間関係で大事なのって、きちんとその人と向き合うことだって。前職まで、あまり自分のことを見てもらっていなかったという経験があったからこそ、同じことしちゃダメだなと。
だから今は、「ちゃんと君のことを評価してるからこそ叱っているんだよ」というのが伝わるようにしてますね。まだまだ難しいですが(笑)。
あとはやっぱりコロナには苦労したかな。

――やはり影響はあった?

かなりありました。池袋エリア全体が落ち込んで、いよいよウチも何か手を打たないとヤバいぞと。そこでいろいろとアイディアを出して、まず実行したのが受付の方法を変えることでした。なるべく接触を控えようと、店舗のみだったのを電話受付もOKに。女の子を守るために僕が運転して送迎車を出したりもしましたね。
そんな感じでやれることをやっていたら、前ほどとはいかないですが、少しずつ売上も右肩上がりに。店長になって、“自らやる”というスタンスに変わったことでコロナもなんとか乗り越えられた気がしますね。

――今後の目標は?

まずは、とにかく店の知名度と売上を上げていきたい。店長を任せられたからこそ、胸を張って地元に帰れるくらいにはこの店を大きくしていきたいですね。やりたいことはまだまだたくさんあります。

――未来の後輩にメッセージを。

経験や学歴といったものは必要ありません。でも“楽にお金を稼ぎたい”という気持ちは捨てたほうがいいかなと。だから、ある程度の覚悟を持ってこの世界に飛び込んでほしいです。
もちろん、やる気を持って入店してくれる人は誠心誠意評価するので、決して後悔をさせることはないと思います。
写真・記事:メンズバニラ編集部

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コーチと私と、ビート板・・・
職種 ナイトワーク/無店舗型
地域 東京都・池袋
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