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INTERVIEW
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株式会社ファイナル東京グループ
店長・幹部候補
松原さん 45歳

人生は勉強。広がった視野と持ち前の探究心を武器に飛躍を期す、出戻りの代表取締役社長

人生は勉強。広がった視野と持ち前の探究心を武器に飛躍を期す、出戻りの代表取締役社長

株式会社ファイナル東京グループ

店長・幹部候補
松原さん 45歳
年収
2,000万以上
勤続年数
1年2ヶ月

愛知県出身。大学卒業後、飲食店や、IT関連企業などを経て『ファイナル東京グループ』へ。約2年間の離職期間を挟み、現在は同グループにて代表取締役社長を務める。
面倒見のよさと、温厚な人柄で周囲からの信頼も厚い。
休日に子どもと過ごす時間が何よりも楽しみとのこと。

長いキャリアゆえの閉塞感。地位と収入を捨て“己の可能性を広げるために”一度は会社員として再起を期す

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――現在は代表取締役社長を務める松原さんですが、実は出戻りだという話を。

一応当時は常務取締役を務めていたのですが、自分の限界を感じていたというか、閉塞感が常々あって……。社会人として一番脂が乗ってくる時代にこの仕事を始めて、丸8年。普通の会社ならもっと外部との接触の中でいろいろ吸収しているはずが、外に目を向けることもなくて、その弊害が出ていたように思えたんです。
40歳手前が最後のチャンスだろうし、まだ転職もできるのではないかと思い、39歳のときに一度この会社を退職しました。
給料は年収に換算すると1,500万円くらいだったのですが、お金じゃなかったですね、そのときは。

――退職後はどのような仕事を?

最初は個人事業主としてネット関係の仕事を。でも1年やってうまくいかず、お金もだいぶなくなってしまって。
そして普通のサラリーマンをしようと、輸入車のディーラーに営業職で就職しました。
仕事は楽しかったし、販売成績も順調でした。入社2カ月目には、拠点の中で2番手の販売台数も達成して。「ちょろいな、これ」みたいな(笑)。

――なぜ順調だったのに、夜の世界へ戻ってくることに?

前社長が辞めるタイミングで「次の社長にどうだ」と、話があって。最初はずっとこのまま車を売り続けるつもりでした。でも昔の仲間からは「戻ってきて」と言われ、オーナーからは「前よりも給料を出す」と言われ……。営業の仕事は楽しかったものの、その当時の年収の倍以上の条件を提示していただいたのもあり、「わかりました。じゃあお願いします」ということで戻ってきました。それが約1年前の出来事です。

――ちなみに初回の入社のきっかけは?

32歳のときに当時働いていた会社の同僚と4人で起業しまして。今でこそ、その会社は年商が億に届いたらしいのですが、最初のうちは売上もなくて実質1年くらいは無給で働いていました。
なので、本職との掛け持ちをしながら生活費を確保するために『ファイナル東京』で働き始めて……。アルバイトで夜のドライバー。これがこの仕事を始めたきっかけです。

仕事もお金も生きていくためには必要なもの。記録更新を目指す“自分との戦い”はやりがいも大きい

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――なぜ『ファイナル東京グループ』へ?

その頃はまだこの業界のことも詳しくなくて、愛車の“ミニクーパー”っていう本当に小さい車で送迎をやろうと何店舗か応募していました。でもどこも雇ってくれなかった(笑)。
案の定、『ファイナル東京』も落とされそうになったのですが、「内勤業務もやってもらえるならいいよ」という条件を提示されて。「夜に仕事ができるならどこでもいいです」と、入社することに。
当時は上を目指すなんて考えは全然なかったですね。

――そんな思いとは裏腹に順調なステップアップを。

内勤の仕事が思ったより楽しくて。電話に出ているとお客様が自分のことを覚えてくれたり、冗談を交えつつノリよくしゃべったり、「君、面白いからまた頼むね」って言われたり……そういうところから「結構面白いな」って感じるようになりまして。受注を1本でも多く取れば最終的に売上につながっていくっていうのが性に合っていたみたいです。
陸上とかの個人競技って、勝ち負けよりも自己ベストを更新することが目標になるじゃないですか。その中で相手に勝てればいいという。それに近い感覚かもしれません。
そしてバイトを始めて半年で社員になり、起業した会社を離れて、誘われるままここ1本に絞り、その後半年で店長になり……結構トントン拍子だったので、はっきりと覚えていないのですが、そこから2年経たないくらいで部長になって、さらに1年で常務に昇格しました。

――結構なスピード出世。

この業界って信用第一みたいなところがあるので、そういう面で私が一般的な社会人として“普通”だったのだと思います。
常務になったのも、社員同士の大きなトラブルをうまく解決したことが評価されたのだと、あとから聞きました。だからすごく仕事ができるとかではないです。電話のオペレーターや写真撮影、サイトの管理、どれも私よりもっとできる人がいるので。

――生活費のためだけの仕事という意識に変化はあった?

どうでしょう、今も根本的にはあんまり変わらない感じはしますね。結局、仕事もお金も生きていくために必要なものですから。その代わり、役職が上がれば上がるほど、部下のことを考える機会は増えました。自分1人だけのことを考えていればよかったところから、後輩ができて、部下ができて、役職が上がって……。段階を踏んで視野はちょっとずつ広がってきたのかな。

野心家も安定志向も大歓迎。コツコツと“当たり前のことを当たり前に遂行できる”人材求ム

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――会社を離れたからこそよかったことは?

社会人としてもっと勉強しようと感じられたことですよね。ビジネス書を読むようになったし、今まで持ち得なかった考え方を吸収して戻ってこられたのは大きいです。それ以外にも社会に出て学んだ多くのことが、より高い次元で仕事に活かせるようになりました。

――活躍するためには社会人的感覚が求められる?

派手な世界だと思われることも多いですが、実際はすごく地味な仕事が多いです。「コツコツと当たり前のことを当たり前にできる」っていうのがすごく重要で。
これからも定期的に新規出店をするので、野心があるなら役職や給料は上がりやすいですし、普通の会社と同じように社会保険があるので生活の安定も提供できます。「自分は成り上がっていくんだ」という方も、「ある程度給料をもらえればいい」という方も大歓迎です。

――今後の展望について。

東海地方だけにとどまらず、全国ナンバーワンを目指したいですね。規模が大きくなれば利益として生まれるお金の額も大きくなりますし、従業員の給料も上げやすくなりますし。そのためにもこれからさらに会社の結束をより強固にしなければならないですね。

――部下や周囲への愛を感じます。

クサい話になりますが、従業員や女性のことを私は家族だと思っています。家族にはやっぱり幸せになってほしい。幸せの中で収入の重要性は大きな比重を占めているので、たくさんの幸せを生み出せる会社にできたらいいなとは思います。

――個人としての将来像は?

転職はもう難しいですし、定年までここにいるつもりです。会社が大きくなって、相談役とかのポジションをいただけるのであればありがたいですけど、店長や一般スタッフとしてでも別に構いません。
私の社長職は“次世代へのつなぎ”の意味合いが強いので、後任の社長に代替わりすることが次のステップだと思っています。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

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株式会社ファイナル東京グループ
職種 ナイトワーク/無店舗型
地域 愛知県・名古屋・栄

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