PROFESSIONAL
INTERVIEW
26
くりぃむ
店長・幹部候補
山本 大貴さん 27歳

サーキットでの出会いが人生を変えた。若くして店長になった男が目指す変化のある店づくり

サーキットでの出会いが人生を変えた。若くして店長になった男が目指す変化のある店づくり

くりぃむ

店長・幹部候補
山本 大貴さん 27歳
年収
900万以上
勤続年数
5年0ヶ月

フランクかつ筋を通すことを重んじる性格で、周囲からの信頼も厚い『くりぃむ』店長。
学生時代はプロのレーサーを目指し、その活動費用捻出のためにビル清掃、ピザのデリバリー、ガソリンスタンド、空港の清掃、テレフォンアポインター、スーパー、コンビニ、宅配業者、介護など、幅広い分野のアルバイトに明け暮れる日々を送る。
ちなみに幼少期をタイで過ごした経験を持ち、当時の夢は象使いになることだったとか。

プロレーサーを目指してバイトの掛け持ちに精を出した高校時代。“妥協を知らない社長”との数奇な出会い

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――入社して既に5年。

大学1年生から3年生までアルバイトで働いていた期間も含めると7年くらいかな。出戻ってきてからは5年です。

――学生時代はどのような経緯でこちらに?

簡単に言うと、俺が社長に借金をしていて、その返済のために働かせてもらっていたっていう感じです(笑)。金額的にはざっと700万円くらいだったと思います。

――なぜその若さでそこまでの借金を……。

実は俺、もともとプロのレーシングドライバーを目指していたんですよ。
中学生の頃に深夜のテレビ番組でF1のレースを観て時速300kmの世界に憧れてしまったっていう、単純なきっかけでした(笑)。
調べていく中でF1を頂点にしたモータースポーツのピラミッドがあることを知って、まずは土台のほうにある『レーシングカート』に挑戦することにしたんです。
これが初期投資に150万円くらい必要で、さらに維持費も掛かってくる。レースになれば、クラッシュに備えて複数のマシンとエンジンを用意しなくちゃならない。親父に相談したら「金は一切出さないけど、お前が決めたんならやればいい」と承諾をもらって。高校生になってからは学校もあまり行かずに、朝から晩までアルバイトの掛け持ちをしてました。やっと資金が集まって、17歳のときに競技を始めると。

――レーシングカートに打ち込むために借金ができた?

平たく言うとそんな感じです。
早い人は5歳から始めるような競技で、周りは金持ちの子どもばっかり。みんな新車に乗って毎週のように練習している中、俺は3年落ちの車で練習は月に1回できればいいほう。時間とお金をもっとレーシングカートに使いたいのに、バイトで忙しいしお金も全然足りない。
そんなときに『くりぃむ』の社長と知り合うんですよ。当時同じレーシングチームに所属していて「山本くん、今度コツとか教えてよ」みたいな話になって「いいっすよ」って。
俺はプロを目指してたけど、社長は趣味。それなのに全然妥協しない人だったんですよね。目標順位に届かないとものすごく悔しがるし、車のセッティングもミリ単位の違いにめちゃめちゃ怒るし……。そういう部分でウマが合ったみたいで、2人でレースに出たり、俺が社長のマシンのメカニックを担当したりするようになりました。
でもずっと2人でやってたのに、どんな仕事をしている人かもわからなくて(笑)。出会って1年くらいで初めて知ったみたいな感じでしたね。

スポンサーにはならないからいつか返せ。約束通り、期間限定のアルバイトで“700万円の借金を完済”

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――面白い出会いですね。

実は社長も俺と同じ年齢くらいのとき、バイクのレーサーを目指していたらしくて。
俺の現状に業を煮やしたのか、あるときお金をドンって渡されて「本当にプロを目指すなら今のバイトを全部辞めて、毎日サーキットで走れ」「スポンサーにはならないから、いつか返せ」って。それで借金を負ったっていう……(笑)。
でもそのおかげで、常時3つ以上掛け持ちしていたアルバイトを全部辞めてレーシングカートに全力で打ち込めるようになるんです。

――時間と金銭的な問題がクリアされて成績も上がった?

成績はぐんぐん伸びましたね。「結果、金じゃん」みたいな(笑)。でもこのまま何年続けても借金は増えていくだけだし、返済できるくらいの収入にたどり着くためにも、たくさん段階を踏まなければいけない。借金まみれで首が回らなくなるだろうなって未来が見えた瞬間に「ああもう、辞めたほうがいいんだな」って思って。それで21歳のとき、プロになる夢をあきらめたんです。

――借金の返済は?

大学に進学してから、借金の返済も兼ねて『くりぃむ』でアルバイトとして働き始めて、就活が始まる頃には完済していました。
このときは完全に期間限定のアルバイト。「この業界はデメリットも多い。学生のうちから生計を立てるための仕事として考えるな」って感じでしたね。
居心地もよかったし、このまま社員として働きたかったくらいなんですけど、社長から「気軽に『やりたいです』なんて言われたら、こっちはたまったもんじゃねえ」なんて言われて。結局、渋々ながら介護の会社に新卒で入社するんです。

――出戻りのきっかけは?

何よりも社長の人柄に惚れていたってところですよね。こんなに男気があって面倒見のいい人なんてどこを探してもいない。この人の下で働けないなら、ほかの仕事をやってもいつか辞めるなと思って。それに社長の近くで今までの恩返しも兼ねて、この店を大きくしたかったんですよ。
就職して1年くらい経って、どうしても気持ちを抑えきれなくて。「本気で働きたい」って覚悟を社長に伝えて「働きたい」「無理だ」っていう言い争いもありつつ、出戻りをしたっていう感じですね(笑)。

――戻ってきてからの仕事は?

ずっと働いていると、仕事って惰性で慣れちゃうんですよ。一度離れていたからこそ客観視ができたし、気付く点も多くて、そこはすごく活かせたのかなと思いますね。

特別扱いはしない、でも控えめにならなくていい。“上っ面じゃない言葉と行動”が進む道を示してくれる

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――新人の意見でも柔軟に取り入れてくれる環境?

俺はまだ店長になって1年ちょっとだけど、出戻ってからは何年か経っているじゃないですか。
だからこそ入ってきたばかりの新人しか持っていない“お客様に一番近い目線と意見”を大事にするようにしています。ハード面の建物に変更を加えるのは大変だけど、ソフト面の接客や店内の備品とかなら結構やりやすいじゃないですか。そういうところで新人の意見を採用したことは多々ありますね。
それに自分自身が変化のない毎日を過ごすのが大嫌いなんで、フットワークを軽くして日々変化を作りたいんですよね。やってみてダメなら戻す、そういうトライ&エラーを繰り返して、いい店になっていけばいいのかなと。

――それは社風ゆえに?

「こういうふうにやれ」って押し付けるのではなくて「やるだけやってみなさい」っていうのが社長のやり方なんです。だから俺もそれにならうように店を運営するようにしています。
そのためにはスタッフ間で意見交換しやすい環境が必要なんですよ。最近ではよくみんなで食事に行ったり、俺の家でゲームしながらお酒飲んだり、ビジネスライクじゃない部分も作ろうっていう方向で動いてますね。そうすれば自然と普段の仕事中からコミュニケーションも円滑になるだろうと。ある意味スタッフ同士でぶつかるのもいいことだし、ディスカッションしながら働ける職場っていうのは、なかなかないと思うんで。
人付き合いがもともと好きなので、そういう部分では絶対的な保証というか自信はあるかな。

――今現在の社長との関係は?

社長には「昔から知ってるからって特別扱いするつもりはない」って念を押されていて。「だからって控えめになる必要もない」とも言われているので、ほかの系列店と平等に扱ってもらっているって感じですかね。
わからないことを自分で延々考え続けるよりは、業界の先輩として社長を「使え」っていうくらいのスタンスだと解釈して(笑)、困ったことがあったら遠慮せず相談するようにはしています。
実際、そのアドバイスに助けられる場面は多いです。店長になってからは悩むことも多かったんですけど、俺が考える余地を残したうえで進むべき道を示してくれて……家族以外で初めて、上っ面じゃない言葉と行動を示してくれた人なんですよね。俺にとってはまさしく人生の師匠だと思っています。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

業界への概念を働き方から変えます!【基本給35万】【スピード昇格】【食事代付き】サラリーマンより高待遇な環境で目指…
くりぃむ
職種 ナイトワーク/無店舗型
地域 東京都・町田

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