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INTERVIEW
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横浜ガーリッシュ
店舗スタッフ
高木 千香さん 34歳

気持ちがわかる、だから力になりたい。後輩たちを支える決意を固めた1人の女性の物語

気持ちがわかる、だから力になりたい。後輩たちを支える決意を固めた1人の女性の物語

横浜ガーリッシュ

店舗スタッフ
高木 千香さん 34歳
年収
600万以上
勤続年数
0年1ヶ月

新潟県出身。親の仕事の都合で移り住んだアメリカで多感な時期を過ごす。帰国後は大学に通いながらキャバクラで働いていたが、ある出来事をきっかけに川崎の堀之内へ。困難を乗り越えた末に気遣いと根性で客の心をつかみ、人気嬢へと成長した。
現在は女の子を支える側に回り、スタッフとして活躍。サバサバとした面倒見のよい性格で同僚やキャストから姉御と慕われているが、本来はマイペースな三姉妹の次女。

親に連れられ移り住んだ異国の地。文化の違いを肌で感じ、“自身の在り方”を意識した思春期

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――ご出身は?

新潟県です。生まれてすぐに引っ越し、中学1年生までは神奈川県川崎市に。その後は親の仕事の都合でアメリカに渡って中学、高校時代を過ごしました。

――現地の学校に?

はい。日本人がすごく少ない学校だったので大変でしたよ。日本では経験したことのなかったイジメも、アメリカで初めて受けましたし。あっちのイジメって幼稚なんです。足を引っ掛けたりスカートをめくったりして、それを校内のコミュニティサイトにアップしてみんなであざ笑う。「子どもか!」って(笑)。ただ、しばらく放っておくとだんだん「お前すごいな」って感じになって、いつの間にかいじめられることもなくなりましたけどね。白人さんってメンタルの弱い子が多くてすぐに登校拒否とかしちゃうから、私が屈することなく学校に来ていることにびっくりしたみたい。

――その後は打ち解けた?

そうですね。だいたい、人種や国籍ごとのグループに分かれているんですけど、学年で日本人は私1人だったので、いろんなところにちょっとずつ混ぜてもらって仲良くしていました。もともと特定の友達とべったりするよりは、オールマイティに付き合うタイプでしたから。

――一番仲がよかったのは?

黒人の男の子かな。彼は家も近くていつも一緒に遊んでいました。でも、めちゃくちゃカッコよくてモテる子だったんで、ほかの女の子たちからの嫉妬がすごくて。私、その子の彼女にグーで殴られたことがあるんですよ。そしたら、彼のお母さんが出てきて彼女を殴り返して、ガチのキャットファイトが始まっちゃった。あれは迫力がありましたね(笑)。

――(笑)。その彼とはお付き合いされたんですか?

いえ、本当に普通の友達です。私の彼氏は日本人とアメリカ人のハーフで、中学から高校までずっと付き合ってました。すごく優しかったなー。
アメリカ人、特に白人の子たちってすごくドライなんですよ。日本人は助けてもらったら恩返ししたいって気持ちが自然と出てくるでしょ? でも彼らはそうじゃない。前に助けてあげた子に「助けて」と求めても「それは君の問題じゃないの?」ってスルーされちゃう。彼氏はそういう日本人的な“情”の感覚を共有できたところがよかったのかもしれませんね。

花が咲いていられる時間は短い。“自ら定めたゴール”に向けて、全力で駆け抜けたキャスト時代

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――帰国はいつ?

大学進学に合わせて日本に戻り、同時に生活費を稼ぐためにキャバクラでアルバイトを。アメリカでは18歳にもなって親のスネをかじっているのは恥ずかしいこと。だから、自分で使うお金は自分で稼いで当たり前だし、私もそう思って働き始めました。

――なぜ水商売を?

通学しながら稼ぐには一番効率がよかったから。母も学生の頃にクラブで働いた経験があり、その頃の後輩が経営しているお店を紹介してもらいました。知り合いのお店だし、銀座という土地柄、お客様も優しくて遊び慣れている方ばかりだったので、すごくいいアルバイトでしたよ。

――その後は?

居心地がよくお給料にも満足していたので、卒業後もそのままキャバクラに居着いてたんですが、ある日、かわいがっていた後輩がほかの女の子とのトラブルを苦に自殺しちゃって。本当にショックで、仕事が嫌になってしまったんです。それでお店を辞めてニート生活を。
2年ほど経った頃、そろそろ気持ちを切り替えようと仕事を探し始めたんですが、一度水商売を経験したら今さら普通の職業にはなじめない。でも、キャバクラには戻りたくなかったから「同じくらい稼げる堀之内に行っちゃえ!」と勢いで飛び込んだのがきっかけです。ただ、25歳で未経験からスタートしたので、ちょっと始めるのが遅かったかも、という意識は常にありました。最初は全然お客様もつかず、本当に苦労しましたよ。わからないことはスタッフさんになんでも聞いたし、講習も何回受けたことか。ほかの女の子と違うことをしなくちゃと思って、雨の日には靴下を、夏の日にはTシャツをお客様のために準備したり……

――気遣いがすごい。

出遅れたハンデはひと手間加えないと追いつけないから。そうやって必死で努力しているうちに、ある日突然、本指名が返ってくるようになったんです。半年ほど経った頃には1日のスケジュールを予約で埋められるくらいにはお客様がついて、楽しく働けていましたね。生活に余裕も生まれ、1カ月くらい休みを取って海外へ旅行したり、突然「ウニが食べたい!」って北海道まで食べに行ったり。今でもあの頃に戻れるなら戻りたい。

――その生活を捨てたのはなぜ?

もともと水商売を始めたときから、こういう仕事には限界があると思っていました。いわば、女の賞味期限。私はそれを32歳と設定していて、時期が来たらスパッと辞めるつもりでいたんです。

すべては働く女の子のため。キャストたちの期待を背負い、目指すは“横浜エリアナンバーワン”の人気店

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――スタッフの道を選んだのは?

この業界で働く人の中には、稼ぐコツに気付いていない子もいれば、嫌々ながら続けている子もいる。いろんな女の子を見ているうちに、自分なりに彼女たちのサポートができないかと思ったんです。私はわりと楽しみながら働いていたほうだけど、それでも心を病むのがナイトレジャーの仕事。その気持ちは経験しないとわからないものだから。
私の考えは当時勤めていたお店も知っていて「うちでやらない?」とお誘いをいただいたこともあります。でも、甘えちゃいそうだったので、改めて求人を探して応募し、首都圏に店舗を展開する大手グループに入社しました。

――実際に転身してみていかがでしたか?

キャストを退いてすぐの時期は、どうしても女の子に肩入れしてしまう傾向がありましたね。でも、スタッフとしてはそれだけではダメで、なんとか架け橋になろうと努力しました。女の子たちも最初は全然懐いてくれなくて、あいさつしても返ってこないことがザラでしたよ。ただ、全員に好かれようとするのではなく、女の子代表として同僚と喧嘩することもあれば、スタッフとして女の子に注意すべきところはしっかりする。その姿勢を貫き、在籍数を大幅に増やすことができました。女の子が居心地よいと感じてくれた結果だと思うと、とてもうれしいですよね。

――『横浜ガーリッシュ』に移ったのは?

前の職場は女性スタッフを受け入れた経験がなく、お互いに探り探り働いていたんですが、結局、仕事上の考え方の違いを埋められず自主的に退社。そんなときに元同僚から連絡が入り、お店を立ち上げるから手伝ってほしいと誘われたんです。自由にやっていいと言われてたこともあって興味が湧き、入社を決めました。オープンから1カ月ほどですが、スタッフも女の子もすごく協力体制ができていて、一丸となってお店づくりに取り組めているので楽しいですよ。

――今後の目標は?

新たに入ってくれた女の子はもちろん、私を慕ってついてきてくれた女の子もいるので、彼女たちに対する責任はとても感じています。気持ちに応えるためにも、いずれは横浜ナンバーワンと言われる店にまで成長させたいですね。
ただ、現状はスタッフも女の子も数が足りない。まずはしっかりとお店を回せるだけの人数を揃えなきゃ。そこは『メンズバニラ』にかかっているので、ぜひよろしくお願いします(笑)。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

★試用期間0日★【急募】未経験の方、アラフォー・アラフィフ最優先、積極的採用いたします!!
横浜ガーリッシュ
職種 ナイトワーク/無店舗型
地域 神奈川県・横浜

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