PROFESSIONAL
INTERVIEW
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ハピネスグループ
店長・幹部候補
三浦さん 43歳

何があっても絶対に見捨てない。昔堅気(かたぎ)の男が惚れ込んだ最高のグループ

何があっても絶対に見捨てない。昔堅気(かたぎ)の男が惚れ込んだ最高のグループ

ハピネスグループ

店長・幹部候補
三浦さん 43歳
年収
700万以上
勤続年数
7年0ヶ月

トラック運転手を退職後、パチンコ店の店員を経て『ハピネスグループ』に入社。現オーナーの人柄に惚れ込み、慣れない土地での業務も率先して行う。
紆余曲折はあったものの、現在は水戸エリアの管轄と後進の指導に尽力する。その強すぎる責任感が玉に瑕の心優しい兄貴的存在。

病魔に襲われ憧れだったトラック運転手を退職。しかしパチンコ店勤務時代に“接客業の魅力”に目覚める

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――これまでの経緯を。

18歳からトラックの運転手をやってました。時代も時代だったんで、小さい頃からデコトラに憧れてて(笑)。地元の運送会社に入社して、数年後には会社からトラックを買い取って業務委託みたいな形態で働いてましたね。
ちなみにトラックはあまり派手に改造できませんでした(笑)。某大手企業の製品を運んでたんですけど、そこが結構厳しくて。結局、座席を部屋みたいに改装したくらいかな。

――なぜ辞めることに?

辞める少し前に十二指腸潰瘍で入院したんです。信号待ちでイライラしたりとか、そういう細かいストレスの蓄積が原因。憧れてたトラック運転手だったけど、そのときに「向いてないんじゃないか」って思いました(笑)。
その後は小田原のパチンコ店に転職。僕は埼玉県川越市の出身なんですけど、28歳まで地元を出たことがなくてね。だから少し離れてみようかなって。パチンコにも興味があったし、寮も完備していたのが決め手になりました。

――パチンコ店にはどのくらい?

7年いました。最終的な役職は副店長。そこは店長不在で上にはエリアマネージャーだけだったので、ほぼ店を任されてましたね。そこで接客業の魅力に目覚めたんですよ。例えばパチンコ店はクレームが多いんですけど、威圧するのではなくて、説明することでお客様に納得していただく。そこにやりがいを感じたりね。あと僕、おばあちゃんとかによく名指しで呼ばれてたんですよ(笑)。忙しいのに世間話をされるんですけど、それでもどこかうれしかった。とにかく今までは得られなかった充実感がありました。
ただ、副店長になってからは全然休みがなくて。もちろん休みと呼べる日は存在したんですけど、閉店後は必ず数字の管理で店に行くんですよ。仕方なかったんですけど、正直しんどかったですね。
で、ある程度貯金もできてたし、無性に遊びたくなったのがきっかけになって辞めました(笑)。

――どうして『ハピネスグループ』へ?

2カ月くらい遊んでいるうちに貯金もなくなったんで、3カ月だけのつなぎのつもりで応募しました。寮付きで給料がよさそうなところに惹かれて(笑)。面接は2回受けたんですけど、2回目の面接官は現在のオーナー。当時は部長だったんですけど、すごく風格がありました。履歴書には「接客が好きなのでちゃんと学びたい」みたいなことを書いていたので、接客のことをたくさん話しましたね。

“接客のイロハ”を学ぶために水戸へ。副店長として活躍するも再びストレスが原因で退職

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――最初の配属は?

水戸店です。面接のときに「接客のプロがいるから水戸で研修してみないか」と言われまして。本当はなじみのある首都圏が希望だったんですけど、働いてみたら居心地がよかったんですよね。なので「このまま水戸でお願いします」と自分から言った記憶がありますね。

――接客のプロはどうでした?

とにかく衝撃的でしたね。お客様を乗せる話術がすごくて、もはや天性のレベルだなと。しばらくはマネをしながら試行錯誤してました。うちは接客の練習に力を入れてまして、スタッフ役とお客様の役に分かれていろんなパターンを試しながら何回も繰り返すんです。特に未経験者は練習しないと専門用語も自然に出てこないし、本当に練習は大事だなって思いますね。
そんな感じで2カ月ほど経ったある日、前オーナーと現在のオーナーが水戸店にたまたま視察に来たことがあったんです。そうしたら前オーナーが急に「ミウラくん、ちょっと接客の練習をやろう」って付き合ってくれたんですよ。滅多にないことだったから本当にうれしかった記憶があります。そこからですね、もう少し続けてみようかなって思ったのは。結局、入社して半年くらいで主任、その1年後には副店長にもなりました。

――トントン拍子ですね。

でも、副店長になってから女の子のクレーム処理に疲れて……。そのころからまた胃が痛くなってきて、十二指腸潰瘍の薬も飲んでました。次第に休みがちになって、恥ずかしながら飛んでしまうと。

――無断で辞めてしまった?

ええ(笑)。そこからはしばらくアルバイト生活でもしようと思って、期間工として働いてましたね。工場とかだとストレス感じなさそうじゃないですか(笑)。でも実際は逆。仕事中の私語は絶対にダメだったから、接客業をしてた者からするとキツかったです。
ただ、定期的に『ハピネスグループ』の現在のオーナーから電話があったんですよ。最初は出なかったんですけど、ある日ふと出てみたら「お前さあ、そんなフラフラしてないでまた戻ってこいよ」みたいなことを言われて。前オーナーにも会わす顔がなかったので一度は断ったんですけど、再度電話があったんです。
「今度福岡店を立ち上げるから、そこにオープンから行ってくれないか。どうしてもお前に行ってほしい。これは前オーナーも言っていることなんだ」って。それで戻ることを決意したんです。

再三に渡る紆余曲折を経て水戸店の副店長に復帰。“グループへの思い”を胸に後進の指導に尽力

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――すごく優しいですね。

冗談抜きで、現オーナーは世界一優しいと思います。今回の電話もそうですけど、とにかく義理人情に厚い。スタッフの失敗を知らないところでフォローしてくれるのに、自分からは絶対に言わない。1カ月後とかに「実はあのときに現オーナーが動いてたんだよ」って、別の人から聞かされるみたいな。本当にカッコいいです。

――そして福岡に?

実は福岡行きの3日前に、期間工時代のストレスの蓄積で十二指腸潰瘍が再発したんです。赤羽駅で倒れてそのまま入院、バケツ1杯分くらいの血を吐きましてね。結果、福岡行きはなくなったと(笑)。
その後は五反田店で一般スタッフとして復帰しました。そのときに「3年は役職者になれないけどそのつもりでいてね」と言われました。相当迷惑をかけたので仕方ないですよね。
そうして3カ月ほど経ったある日「水戸のスタッフの研修をしてほしい」と言われたんです。僕的には2週間くらいだと思って行ったんですけど、気付いたらまだいるみたいな(笑)。

――またですか。

居心地がよくなっちゃって(笑)。あと、責任感もあったのかな。「水戸でやらせてください」と自分からハッキリ言いました。3年は無理って言われてたのに、水戸に行ってすぐに主任、その半年後に副店長ですから(笑)。
今の僕の目標は、今年中にスタッフを役職者にすること。というのも、現在水戸には店長やエリアマネージャーがいないので、副店長が水戸エリアを管理しているんです。だから部下たちを役職者に育てないと僕が出世できないでしょ(笑)。まあ半分冗談ですけど、社員育成は管理職としての大事な仕事ですからね。もちろん簡単なことではないですけど、絶対に達成したいです。

――これから入社する方にアドバイスを。

うちには10条の社訓があるんですけど、迷ったときは社訓どおりに行動すれば自ずと道が開けます。ですから、とにかくグループを信用してほしいですね。会社に対しての強い思いがあれば、絶対に見捨てることはありませんので。
あとは、助け合いというか、仲間を大事にすること。失敗したスタッフの揚げ足を取るのではなく、何でもいいから一生懸命フォローしてあげる。それさえあれば必ず活躍できますよ。
“人のために何かを”っていうのは、決してカッコつけではないです。僕がこうして『ハピネスグループ』で働けていることがその証拠ですよね。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

【40万円スタート可】社保完備★隔週休2日/毎年新規オープン継続中の成長企業!ハピネスグループで働くとは?
ハピネスグループ
職種 ナイトワーク/店舗型
地域 東京都・五反田

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