PROFESSIONAL
INTERVIEW
フィーリングin横浜(FG系列)
店長・幹部候補
赤澤 健太さん 32歳

どうしても成し遂げたいことがある。成功と失敗を繰り返した男が胸に誓う、過去へのリベンジ

どうしても成し遂げたいことがある。成功と失敗を繰り返した男が胸に誓う、過去へのリベンジ

フィーリングin横浜(FG系列)

店長・幹部候補
赤澤 健太さん 32歳
年収
700万以上
勤続年数
8年0ヶ月

兵庫県生まれ、神奈川県育ち。運送会社へ就職し、22歳でセンター長へ昇進したものの、運転免許証の取消処分をきっかけに退社。
その後、24歳のときに『フィーリングin横浜』へ入社。業界未経験ながら、前職でつちかった経験と持ち前のコミュニケーション能力を武器に活躍。現在はマネージャーとして現場の管理を行う。
根っからのゲーム好きだが、今は2人の子供と遊ぶことがなによりの楽しみ。

働くからには、出世したい。向上心にあふれた若者は、“将来のためのスキル”を求めて夜の世界へ飛び込む

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――これまでの経歴を。

21歳で運送会社に就職しました。運送といっても荷物を家に運ぶだけではなくて、家具の組み立てや家電の取り付けまでが仕事です。
で、1年後にはセンター長に昇進を。ドライバーとしてはもちろん、「引き受けた荷物をどの車に運ばせるか」という配車作業や、顧客の管理、さらには取引先の新規開拓まで、とにかくなんでもやりましたね。

――出世が早いですね。

入社以来、ほとんど休みなく働いてましたから。まあ、できたばかりの会社で、それほど人員も多くなかったし(笑)。
ただ、センター長になって2年後くらいに免停になっちゃったんですよ。スピード違反とかで点数が積み重なってしまって。

――免停中は内勤に専念を?

いえ、ダメだと分かってはいたけど、かまわず運転を続けてしまい、ついには免許取り消しに。それで「トラックを転がせないのに会社に残るわけにはいかない」と思い、退社を決めたんです。

――その後は?

もうドライバーはできない。じゃあ次は何をするかと考えたとき、よく知人や同僚に「これからはパソコンが使えないと何もできないよ」と言われたことを思い出しまして。
ただ、当時の僕はマウスもろくに触ったことがなかったので、スキルを身につけるために、『パソコン 幹部』で検索して転職先を探し……。

――『幹部』というのは?

どうせ仕事をするなら、出世したいじゃないですか。「幹部候補を募集している会社なら話が早い」と思ったんです。
そうしたらナイトレジャーのお店がヒット。ホームページを見てみると、どこもきらびやかな雰囲気だし、写真もキレイで「スゲエ!」みたいな。「これを自社で作っているなら、パソコンの勉強にもなる」と興味を持ち、応募してみることにしたんです。

――転職活動は順調でしたか?

最初に応募した2件には、運転免許証がないことを理由に断られました。どちらも車の運転が必須のデリヘル店なので当然ですけどね。でも3件目の『フィーリングin横浜』は、面接をしてくれたんです。同じくデリヘルなのに(笑)。
しかもホームページは自社で作ってるという。それでパソコンのスキルを身につけたいこと、前職で管理職をやっていたことをアピールしたら採用してもらえて。想像ですが、ウチの社長はパソコンが得意だから、興味を持ってもらえたのかもしれません(笑)。

頼られる以上は、全力で応えてあげたい。ひたむきに取り組み、業界未経験から“わずか1年で店長”へ

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――入社当初の業務は?

受付専門のスタッフでしたね。運送会社で営業もやっていたので、女の子の売り込みは特に苦労しなかったかな。ホームページの店長コメントや写メ日記の情報だけで、お客様に案内をしたこともありました(笑)。
難しかったのは、女の子からの相談ですね。「どうしたら稼げるようになりますか?」と聞かれても、業界のことを何も知らないので答えてあげられなかった。それでも聞いてくれた以上は何かをしてあげたいので、質問をすべてメモしておいて、上司や先輩に聞きに行って教えてもらう。
そうやって1つひとつ勉強しながら仕事を覚えて、1年ほど過ぎた頃に店長に抜擢していただきました。

――ここでも早い出世だったんですね。

『フィーリングin横浜』もできたばっかりだったからだと思いますよ(笑)。
それにしても店長になったばかりの頃は失敗ばかりで、社長にもよく叱られたなぁ……。女の子を送迎するための配車ひとつとっても、「なんでこの車を選んだの?」とか、「なんでこの割引を使ったの?」とか。当時の自分なりに考えて仕事をしていたつもりでしたが、結果としては色々無駄があったんでしょうね。
それでも少しずつ店長という立場にも慣れていき、27歳のときにオープンした品川店を任せてもらったんですが……実はその後、会社を辞めてるんですよ。

――退社の理由は?

その頃、子供が生まれまして。奥さんから子育てのために実家の福岡に戻りたいという相談を受けたんです。
そこで社長に、「子育てが落ち着くまで、奥さんの地元に帰らせてください」「また戻ってきたいと思ってますので、少しの間だけ離れさせてください」とお願いをしました。身勝手な行動なのに、社長は快く了承してくれて。おかげで修行に出るような気持ちで福岡へ行くことができましたね。

――福岡ではどのような生活を?

奥さんの実家に居候しながら、福岡で人気のデリヘル店で働いていました。お店の方が『フィーリングin横浜』のことを知っていて、「あの人気店を仕切っていたなら安心」と、最初から割と自由にやらせてもらえることに。すごくありがたかったですね。
そこでしっかり勉強をさせていただき、2年後に退職を。引き止めてもらったし、奥さんも子育ては実家にいるほうがやりやすかったと思うけど、僕にはやり残したことがあったので戻ってきたんです。

過去の失敗を挽回するために戻ってきた。柔軟な発想を活かせる恵まれた環境で、“リベンジ”へと突き進む

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――やり残したこととは?

都内に店を出して成功させることです。
というのも僕が退職したあと、品川店は潰れてしまったんです。「絶対に店を大きくするぞ!」という意気込みとは裏腹に、客層やピークの時間帯、女の子のタイプなど、横浜と違う状況になかなか対応できず、結果を残せないまま後任へ引き継いでしまった。
結局、その後も売上は伸びず閉店したことを福岡で知ったとき、僕は悔しくて……。社長からは「お前のせいじゃないよ」と言ってもらいましたけど、責任を感じずにはいられませんでした。
その気持ちを精算するためにも、また迎え入れてくれた会社をより大きくするためにも、常々「もう一度、都内に挑戦させてください」とお願いしているんです。

――それが今の目標?

そうですね。だから今はがんばって勉強してますよ。風俗業界の人が集まるセミナーで、色んな方の話を聞かせてもらったり。自分の知識が増えるほど、競争の激しいエリアで活躍するということへの憧れも強くなっていくんです。
東京のお店を任せてもらえるような人間になれれば、リベンジ成功かな。

――『フィーリングin横浜』の魅力は?

自由度の高さでしょうか。ルールはルールとしてありますが、その範囲内では柔軟に対応していいというスタンスの会社ですから。
例えば料金もそうで、決められているのは1日の利益だけ。僕が店長だった頃、遊ぶかを悩んでいる初めてのお客様に対して、利益的にギリギリのラインまで割引したこともありました。もちろんそれは、その後リピーターになってもらえる自信があってのことですけど。
そういう会社なので、言われたことだけやっていればいいというタイプよりも、状況に応じて柔軟な発想ができる人のほうが向いているかもしれません。

――では、求める人材を教えてください。

この業界で何がやりたいのかという目標を自分で設定できる、向上心のある人がいいな。
最初は小さい目標でもいい。目指すべきものがあれば、やりがいや充実感が違うじゃないですか。せっかく働くのなら、毎日何かに向かってがんばってほしいです。車の運転はできたほうがいいかもしれませんけど(笑)。

――(笑)。やっぱり免許証はあったほうがいいですか?

でも僕は免許がなくても面接に受かりましたから(笑)。できないから諦めるのではなく、そのかわりに「自分にはこれができます!」とアピールできる人なら、ウチで活躍できると思いますよ。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

過去は変えられない…でも未来は変えられる!!!すべては貴方次第!
フィーリングin横浜(FG系列)
職種 風俗ワーク/デリバリーヘルス
地域 神奈川県・関内・曙町・福富町
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