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INTERVIEW
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フィーリングループ
店舗スタッフ
角田 賢吾さん 30歳

30歳で早くも波乱万丈な人生。社会的地位を捨てて飛び込んだ先は、楽しくてしょうがない世界

30歳で早くも波乱万丈な人生。社会的地位を捨てて飛び込んだ先は、楽しくてしょうがない世界

フィーリングループ

店舗スタッフ
角田 賢吾さん 30歳
年収
700万以上
勤続年数
2年7ヶ月

埼玉県出身。美容師として5年間働いたのち、ひょんなきっかけからテレビ局のプロデューサーに転身。年収1,000万円超えという社会的な地位を収めるも、突然の離婚を機にナイトレジャー業界へ。
その真面目な仕事っぷりと人柄のよさで、『フィーリングループ』入社2年目には沼津店の責任者を務めるまでに。
子どもと釣りを心から愛する30歳。当面の目標は、子どもが釣った53cmのブラックバスよりも大きい魚を釣ること。

美容師からテレビ局のプロデューサーへ転身。“名前を売れば勝ち”の業界で年収1,000万円超えを果たす

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――これまでの経歴を。

美容師を志して、高校卒業後は埼玉の美容専門学校に入学しました。母親が元美容師で何度も止められたんですけど、普通のサラリーマンになるのが嫌だったのと、カッコつけたい精神でなんとか押し切って(笑)。ただ「やるからには将来独立して店を持ちたい」という夢がありましたから、真面目に通ってましたね。
その後は地元の美容室に就職。技術が高い美容師を多く抱える有名店だったので、それこそ寝る間も惜しんで修行しました。そのかいもあって4年目にはアシスタントからスタイリストに昇格したんですけど、うれしさよりも失敗できないというプレッシャーのほうが大きかったのを覚えてます。でも、僕を指名してくれるお客様も少なからずいたし、職場の人間関係もよかったので、この店にいた5年間は結構充実した毎日でしたね。

――なぜ辞めることに?

2年目くらいからキャバクラのヘアメイクのバイトをやってたんですけど、知人の紹介でテレビ局の制作会社に出入りすることになりまして。どちらかというとカットよりもヘアメイクのほうが得意だったし、そこでヘアメイクとして働けるのならいいかなって。専門学校のときから付き合ってた彼女との結婚も考えてたので、美容師時代よりも高い給料を出してくれるというのも大きかったですね。
まあ、結果的にやってた仕事はまんまADでしたけど(笑)。

――そこからは制作会社で?

しばらくはヘアメイク兼ADとして働いてたんですけど、ひょんなきっかけで番組を任されることになりまして。それを機に、その後は地方局のプロデューサーとしてそこそこ有名な番組も担当しました。テレビ業界って名前が売れれば勝ちだったので、この頃は給料も一気に跳ね上がりましたね。多いときで月収120万円くらいだったかな。

――まさに勝ち組。

でも、本当はずっと辞めたいと思ってたんですよ。
プロデューサーになってからはほとんど会社に泊まり込みの生活だったので、とにかくプライベートな時間が取れなかった。1週間に1回家に帰ることができればいいほう。すでに子どももいたので、家族になかなか会えないのはキツかったですね。

地位を捨てる理由になった突然の離婚。“楽しそうな会社を求めて”ナイトレジャー業界に足を踏み入れる

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――それが理由でプロデューサーを辞めた?

いえ、直接の理由は離婚(笑)。
あるとき、映画撮影のヘルプで1カ月ほど島根に行ってたんです。毎日忙しかったので、まともに連絡なんて取れなかった。でもようやく目途がついて、「やっと会えるね」って連絡をしたんですよ。帰る1週間前くらいだったかな。もうすぐ家族に会えるというその気持ちでいっぱいでしたね。
そうして1週間後、元気よく「ただいま~!」って家のドアを開けたら、もぬけの殻……。一瞬、部屋番号を間違えたのかと思いましたよ(笑)。でも間違いなく僕の家で、中に入ってリビングを見たらノートパソコンの上に離婚届が置いてあったんです。
旦那は泊まり込みやなんやで家にほとんど帰らない。しかも毎月すごい金額が振り込まれる。お金の管理は嫁に任せてたので、そりゃ何かをしたくもなりますよね。実は嫁、ほかに男をつくってた(笑)。
もちろん僕は浮気とかそういうのは一切なかったですよ。念のためカードは持ってましたけど、月3万円のお小遣い制でしたし、子どもができてからはそもそも性欲すらなかったので(笑)。

――お子さんは大丈夫だった?

僕が家を空けてるときにちょくちょく浮気相手に会ってて、それでそこそこ懐いてたみたいなんですよ(笑)。パパの代わりに遊んでくれる人みたいな感じで。
とにかく嫁や子どものためだけに今までがんばってきたから、正直何もやる気が起きず、プロデューサーを辞めたというわけです。

――そこから何がきっかけで『フィーリングループ』に?

ある意味1人もんになったからガツガツ稼がなくてもいいやって考えてたので、これまでと全く違う業界で働こうと思いましてね。そうしたらたまたま『フィーリングループ』の求人動画を見つけたんです。その動画は某有名予備校のCMをパロったつくりで、出演しているスタッフが全力でふざけてた(笑)。で、なんとなく興味が湧いて応募したんです。
面接をしてくれたのは同い年の店長だったんですけど、すごく軽いノリでね。「こんな人が店長をできるんだから、超楽しそうな会社じゃん」っていう印象しかなかったです(笑)。正直ナイトレジャー業界に多少の不安はありましたけど、息が詰まる仕事はもうしたくなかったから、すぐにここで働こうって決めましたね。

持ち前の発想力とコミュニケーション能力で新店の責任者に。公私ともに掲げる“夢”を胸に奮闘する日々

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――入社後は?

まずは横浜店に配属されて、基本的な業務をこなせるようにがんばりました。あとはヘアメイクの経験を活かしてキャストに美容関係のアドバイスをしたりとか、積極的にコミュニケーションも取りましたね。
そうして半年後にはチーフに昇格したんです。

――昇格してからは?

ドライバーの位置を把握して指示を出す仕事をメインでやってました。
この仕事のコツは、問い合わせ電話の段階で深く考えないこと。お客様からのオーダーをすべてこなすには、細かいシミュレーションをしてたら無理。だからまずはオーダーを取って、そこから考えるっていうスタンスですね。「Aさんはたぶん5分くらい遅れるから、今あそこを走ってるドライバーとだいたい時間が合うな。じゃあこっちはこのドライバーで大丈夫そうだ」みたいな。まさに“フィーリング”だけで生きてきた僕だからこそ、うまくいったのかなって思います(笑)。

――沼津店に異動したのはなぜ?

入社して2年目に沼津に新店を立ち上げることになりまして。それで僕に話があったんですけど、釣りが趣味だったので二つ返事で受けました。河口湖が近いし、いいじゃんって(笑)。
沼津店に来てからはあらゆる業務を任されてます。店の売上管理まですべて。だから毎日大変なのは間違いないですね。
でも、その分やりがいがすごい。立ち上げからまだ半年ですけど、目に見えて数字が伸びてるんです。新店効果もあるとは思うけど、企画したイベントが当たりまくるから楽しくてしょうがない。毎日パソコンを眺めてニヤニヤ状態ですよ(笑)。

――今後の目標を教えてください。

沼津店の地位を不動のものにさせて、それから新規出店することですね。だから本当に人手がほしいんです。とにかくすごい勢いで伸びてるから、今は出世する大チャンスだと思いますよ(笑)。
ただうちは上を目指すも現状維持を続けるも自由。みんながみんな大きな野望を持つ必要はないと思います。人それぞれに適材適所がありますので、与えられた仕事を真面目にやれる方なら誰でもウェルカムって感じですね。

――個人的な目標は?

子どもがおもちゃの釣竿で釣った53cmのブラックバスよりも大きい魚を釣ること。今は釣竿を抱いて寝るくらい釣りに恋してます(笑)。

――お子さんには定期的に会えてる?

実は元嫁が再婚したのを機に会えなくなりまして。だからいつの日か、子どもとフランクな感じで再会することも夢ですね。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

過去は変えられない…でも未来は変えられる!!!すべては貴方次第!
フィーリングループ
職種 ナイトワーク/無店舗型
地域 神奈川県・横浜

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