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INTERVIEW
いま、欲しいの
店長・幹部候補
佐々木 翔太さん 30歳

人とのつながりが支える揺るがぬ思い。頼れる男の始まりは、憧れの人の見よう見まね

人とのつながりが支える揺るがぬ思い。頼れる男の始まりは、憧れの人の見よう見まね

いま、欲しいの

店長・幹部候補
佐々木 翔太さん 30歳
年収
600万以上
勤続年数
3年0ヶ月

鹿児島県指宿市出身。ストレートで嫌味のない物言いが爽やかな九州男児。高校を中退してから前職に至るまで、張り合いのある仕事と出会えず、職を転々とする。27歳のときに上京し、『いま、欲しいの』へ入社したところ、社風や仕事内容が見事にマッチ。上司の影響を受けた立ち居振る舞いが周囲からの支持を集め、現在は店長職を務める。
暇を見つけては東京ドームへ足を運ぶ、生粋の巨人ファン。

ようやく軌道に乗った仕事をとあるハプニングで退職。道が定まらず“数々の職場を渡り歩いた”青年期

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――これまでの経歴を。

出身は鹿児島県指宿市です。高校は1年生の夏に中退しちゃって(笑)、それからはフラフラと日雇いの仕事を。だけど18歳を目前にようやく焦りを感じて、溶接の会社で働き始めたんです。高速道路や陸橋などの工事を担当してたんですけど、現場は日本全国にあるから、津々浦々飛び回ってました。1つの土地には、だいたい3カ月くらい滞在。休日は観光もできるし、楽しかったなあ(笑)。そんな生活を続けて2年半ほど経ったある日、静岡の現場にいたときに、とあるハプニングが。

――ハプニング?

休日に伊豆へツーリングに出かけたら、事故ってしまって……。運ばれたときは意識不明の重体で、マジで死にかけました。肉体労働はしばらく難しいと医者に言われたから、仕事を辞めざるを得なかった。身体はボロボロだし、せっかく気に入っていた職も失って、かなりこたえましたよ。
それからは地元に戻って療養生活。普通に歩ける程度まで回復した頃には、治療費で口座がすっからかん。そんなとき知り合いから「ナイトレジャーの店を手伝ってくれないか?」と誘われたから、引き受けたんです。

――思わぬかたちでナイトレジャー業界へ。

正直、収入を得られればなんでもよかったんですよね。
そこは小さな派遣型の店で、主な仕事は電話番。まだ本調子ではない自分からすると、忙しくなくて助かりました。ただ1年経たないうちに、給料の未払いが発生するようになって。経営者が店の売上をパチンコに突っ込んじゃうんですよ(笑)。これじゃ生計が立たないと、即行で辞めました。

――その後は?

知り合いからの紹介を頼って、職場を転々と。プラチナの買い取り業者、ケーブルテレビの営業、長距離トラックの運転手……。別にすごく仲良い人がいたわけじゃないし、途中で仕事のやり方が変わって合わなくなったり、なんとなく飽きたりしたら、あっさり退職。どれも2年は持ちませんでしたね。

――『いま、欲しいの』に入社した経緯は?

何をやっても続かないし、これからどうしようかなあと思っていたところ、以前ナイトレジャーの店で一緒に働いていた仲間から連絡が来ました。話を聞いてみると『いま、欲しいの』でスタッフをやっていると。「東京で一緒に働こうよ!」と誘われたので、ふたつ返事で上京したんです。

夜の世界の入り口で、初めて掲げた目標。挫けそうな日々を支えてくれた、“尊敬できる上司の存在”

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――思いきりましたね。

失うものは何もないし、ダメだったらまたそのとき考えよう、みたいな感じでした。
で、人生で初めての面接を受けたんです。担当してくれた当時の社長が少しコワモテで、めちゃくちゃ緊張したなあ(笑)。
ほぼ出会い頭で「僕、仕事が続かないんです」と打ち明けたら、「そうだろうねえ」と当然のような返答。すべて見透かされている気がしましたよ。続けて、月にいくら稼ぎたいか聞かれたので、なんとなく「50万円以上」って。すると社長は「じゃあとりあえず3年がんばってみよう」と言ったんです。
今までは長くて2年半。しかも仕事を始めるときに明確な目標を持つことも初めてだった。だけどこんな自分にチャンスをくれる会社なら、今度こそがんばれるかもしれないと思って、入社を決意しました。

――入社当初のことを。

地元で手伝っていた店は遊びの延長みたいなノリだったので、ここではみんなビシッとスーツを着て、真面目に働いてることにまずビックリ。ただ決して堅苦しいわけじゃなく、店のためになることなら新人の意見なんかも歓迎される雰囲気。自分はわりと思ったことをストレートに言ってしまうタイプなんです。今までの職場ではそんな性格が災いして“生意気認定”されてきた。でもここはみんな耳を貸してくれるから、居心地がいいなあと感じましたね。
とはいえ、入社後3カ月くらいは失敗ばかり。お客様との約束の時間を間違えて、女の子を混乱させてしまうなんて日常茶飯事でした。今までの自分だったら「なんか複雑で面倒だなあ」と、辞めていたかもしれません。

――なぜ辞めずにいられた?

僕の上司である、当時の店長の存在です。僕のミスで迷惑を掛けた女の子に、「俺が見てなかったせいだ。ごめんな」っていつも頭を下げてくれた。それが「この人すげえ」って思ったきっかけだったかな。
あと僕は仕事中に使ったものをそのままにして、周りを散らかすクセがあったんです。普通なら「整理整頓しろよ」で終わりますよね。だけど彼は「物を置くことで、重要な情報が隠れてしまったとしたら、ミスにつながるよ」と、理由をきちんと添えてくれた。とても納得できるし、直そうという気にさせてくれるんです。
ほかにも教わったことは数え切れません。僕のことを真剣に考えてくれていることが伝わってきました。今まで数々の職場で、たくさんの人と働いてきたけど、初めての体験で感動しましたよ。

“人とのつながり”で気付かされた、真のやりがい。今度は自分が誰かの人生を変えるきっかけに

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――その後の仕事ぶりは?

そんなふうに育ててもらったからには、全力で期待に応えたいと思って、がむしゃらに働きました。そして上司の昇格に伴い、入社1年半で僕が店長を任されたんです。

――何を評価された?

上司の見よう見まねで、店のみんなのことを真剣に考えて接したことでしょうか。
例えば女の子1人ひとりに対して同じ目線に立ち、何かあれば一緒に考える。仕事に関する悩みはもちろん、「どんな髪型が似合うと思う?」と聞かれれば「こういう顔立ちだから、これじゃない?」って、真面目に答えますし(笑)。男子スタッフの後輩が入ってきたときも、親身になって相談を聞いて、本人のためになるように考えた言葉を掛けていました。
するとだんだん「お話したいんですけど、翔太さんいますか?」と自分を頼ってくれる人が増えた。そういう点で周囲から支持されたんだと思います。
カッコいいと思ったから始めたことだけど、今ではすっかり、人から信頼を得ることがやりがいになっているんですよ。うちで目標を達成して辞めたあと、いまだに連絡をくれる女の子なんかもいる。「結婚しました」とか「子どもが生まれました」とか。こんなにうれしいことはないですね。

――入社から3年が経過。約束の期間を達成した心境は?

本当にあっという間でしたよ。これまでの職場は1年勤めるので精一杯だったのに。
今思い返すと、人とのつながりが希薄だったから続かなかったんだと気付きました。職人は手を動かせばいい、営業は物を売ればいい。「仕事なんてこんなもんでしょ」って僕自身も思ってた。でもこの店には仲間を支える文化があるからこそ、初めて本当の意味でのやりがいを感じられたんです。
期間だけじゃなくて「月給50万円以上」という目標もクリアしたけど、今が最高に充実しているから、くら替えしようなんて気にはなりません。この先もずっとここでお世話になるつもりです。

――今後の目標は?

スタッフも女の子も、それぞれ事情を抱えてこの業界に入ってくる。何年かあとに振り返ったとき、「この店で働いたから今の自分がある」と思ってもらえるようにしたい。だからできる限りの助けになりますよ。
僕が上司と出会って変われたように、僕も誰かの人生を好転させるきっかけになれればいいですね。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

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いま、欲しいの
職種 ナイトワーク/無店舗型
地域 東京都・新宿・歌舞伎町
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