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INTERVIEW
MIRAI TOKYO
店長・幹部候補
森 賢希さん 30歳

金持ちの社長になりたい。夢の実現へと近づけてくれた舞台は、抵抗しかなかった夜の世界

金持ちの社長になりたい。夢の実現へと近づけてくれた舞台は、抵抗しかなかった夜の世界

MIRAI TOKYO

店長・幹部候補
森 賢希さん 30歳
年収
800万以上
勤続年数
2年1ヶ月

愛媛県松山市出身。大学中退後、社長になる夢を追い求めて上京。紆余曲折を経て、『MIRAI TOKYO』へと入社する。
「抵抗しかない」という夜の世界だったが、仲間たちのサポートに恵まれ、徐々に頭角を現す。入社3年目となる現在は副店長として、後進の育成に精を出している。
最近の一番高い買い物はウン百万円する高級腕時計とのこと。

剣道一筋だった青年に芽生えた夢。いつの日か“金持ちの社長”になって、両親に恩返しを

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――現在は副店長を任されていると聞きました。

ありがたいことに責任のあるポジションに就いてますけど、まだまだですよ。副店長と言っても自分1人の力だけじゃどうにもできないことが多々あるし。それに今の肩書にも満足してません。僕はもっと上を目指してるんで。

――というと店長を?

もちろん直近だとそうですが、僕は高校の頃からずっと金持ちの社長になることだけが夢でして(笑)。だから今はまだ通過点に過ぎないんですよね。
あ、でも昇進して給料が増えるのはすごくうれしい(笑)。

――(笑)。なぜ社長になりたいと?

僕は小学校3年生から高校卒業までの10年間、ずっと剣道一筋だったこともあって、両親に道具代やら遠征費やらでかなりお金を使わせましてね。めちゃくちゃ貧乏な家庭ではなかったんですが、僕を含めた3兄妹を養ってくれてたので、毎月ギリギリの生活だったと思います。
で、高校2年のときだったかな。ある日、テレビを観てると、とある金持ちの社長がポケットマネーを使って次から次へと高級品を爆買い。それで、「社長ってすげえ」と思っちゃって(笑)。もしも僕がこうなれたら親にたくさん恩返しできるな、なんてね(笑)。
だから高校卒業後は地元の愛媛を離れて、神戸の大学で経済学を専攻することにしたんです。

――地元を離れた理由は?

実家を離れて自立したいという気持ちが強かったんですよ。とはいえ入学金や住まいに掛かる初期費用だけは負担してもらったけど(笑)。でも、その後4年間の学費と家賃、生活費などは新聞配達のアルバイトをして自力で捻出しました。
あと環境を変えたかったのもあるかな。がむしゃらに剣道を続けたと言いましたが、結局3年間で1度もインターハイに行けず仕舞い。まあ、それ以前に強豪校だったこともあって、レギュラーにも入れなかったんですけどね(笑)。
そんな感じで心機一転がんばろうと思ったんですが、今度はアルバイトに熱中し過ぎちゃいましてね。単位が足りず、大学は中退したんです(笑)。

社長になるためには資金が必要。高収入を得ようと選んだ職は、“抵抗しかない”夜の店

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――アルバイトが楽しかった?

いえ、めちゃくちゃ辛かったです(笑)。
だって深夜の1時から朝刊を配って朝になったら学校へ行って、1、2限の授業を受けて昼休みになったら再び出勤して、夕刊の配達と勧誘を夜までにこなす。そんなハードな日々を4年間も過ごしてたら、そりゃあ単位落としますよ。授業中が貴重な睡眠時間でしたから(笑)。
中退後はとりあえずあこがれだったIT関連の就職口を探したんですが、なかなか決まらず。そうこうしているうちに半年が経ってしまい、もう神戸にいてもダメだなと(笑)。ちょうど同級生が東京に住み始めてたんで、仕事が決まるまでを約束に居候させてもらいました。

――働き口は見つかった?

はい。六本木の高級フレンチレストランでアルバイトをすることに(笑)。

――IT関連ではないですね(笑)。

早く友人宅を出ないといけなかったので、完全にその場しのぎ。でも、ここで働いていても料理長は目指せるけど社長は無理だと思って、半年で退職しました(笑)。
その後、いろいろな仕事を経験したものの、どれもピンとこず。で、なんとなく「社長になるには、まずは資金が必要」と漠然と感じて、もっと稼げる仕事に就こうと。そこで「男性」「高収入」とパソコンで検索してみると、出てきたのはナイトレジャーの求人。その中でも給料のよかった、ここ『MIRAI TOKYO』に応募してみました。まあ、偏見はあったけど仕方なく……。

――ということはナイトレジャーに抵抗が?

抵抗しかない(笑)。だって僕、面接官にも直接言いましたもん。「正直、この業界に偏見を持ってます。家族や友人に言えるような仕事じゃない」って。今考えると超失礼なヤツですよね(笑)。でもそのとき、「お金を稼いで金持ちになれば、周りを納得させることができるよ」と言われてすごく共感しました。だってテレビで観た社長がそうでしたから(笑)。
その後、無事に内定をもらえたので、入社することを決めたんです。

――入社後は?

まったくデリヘルのことを知らなかったので、とりあえず先輩たちの仕事にずっとついて回ってイチから業務を覚えていった感じです。まあ最初の頃はたくさんミスをしましたよ。それに僕は方言がきつくて、「標準語じゃないとお客様から軽く見られる」という点に四苦八苦。よく通勤中にボソボソと周りに聞こえないくらいの音量でしゃべりながらイメトレをしてたのはいい思い出(笑)。

“頼れる仲間”ともっと店を大きくしたい。あのとき描いた夢が今、少しずつ現実味を帯び始める

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――その努力があったからこその今というわけですね。

もちろん努力はしましたけど、ここまで成長できた一番の要因は周りのサポート。先輩スタッフは無知な僕にも優しく接してくれたし、わからないことは聞けば快く教えてくれた。本当に感謝してます。
それにキャストさんの存在も大きい。幸いなことに車の免許を持ってたので、入社したての頃は送迎のドライバーもやってたんです。車内でキャストさんたちと話すことで、当然キャストさんたちの名前や性格を覚える。さらに仕事に役立つ知識もたくさん教えてもらいました。

――いい仲間に恵まれましたね。

最初に言いましたが、副店長となった今でも自分1人では何もできません。でも、ここにはたくさん頼れる仲間がいるので、なんでもできる気がするんです。そんな仲間と切磋琢磨をして、もっと店を大きくしたいなって。
そのためにはやっぱり優秀な人材が必要なわけで。だから今は教育に力を入れています。

――今後どのような人材を求める?

ガッツさえあればどなたでも大歓迎(笑)。あとはアルバイトでも正社員でもいろいろな職業を体験してると役立つかもしれません。
僕の場合は新聞配達をしてた当時、配り忘れたお客様に言われた、「あなたにとっては何百分の1かもしれないけど、私にとってはあなただけなの」という一言から、「1人ひとりのお客様を大切にする」という気持ちを学びました。これは今の仕事にも活きてますね。
それにレストラン時代には店長に、「どんな職場でもプライドを持って働いている人がいる」と教えられました。あのとき、風俗業界への偏見を捨ててよかった(笑)。

――社長になる夢は?

もちろん目指してますよ。なんだったら『MIRAI TOKYO』の社長の座だって奪えるなら奪いたいくらい(笑)。それは冗談ですけど、いずれお金が貯まったら自分の店を開けたらいいなあ。

――そのときに晴れて両親へ恩返しを。

そうですね。あ、そうだ、聞いてくださいよ。最近、所用で帰省したんですけど、妹がちょうど二十歳になったんで何かプレゼントしようと思いまして。で、「何がほしい」って聞いたら「有名ブランドの財布」って言うから、涼しい顔しながらスマホでポチッとやって購入してあげたんです。
まだまだ遠いですけど、あのときテレビで観た社長にちょっとは近づけたかな(笑)。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

~次のアタリマエを創造する~
MIRAI TOKYO
職種 風俗ワーク/デリバリーヘルス
地域 東京都・六本木
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