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INTERVIEW
萌えコス
店長・幹部候補
寺島 戻さん 43歳

仕事のやりがいは、確かな評価と活躍の機会。四十路からの再出発で、新たにつかんだ上昇の兆し

仕事のやりがいは、確かな評価と活躍の機会。四十路からの再出発で、新たにつかんだ上昇の兆し

萌えコス

店長・幹部候補
寺島 戻さん 43歳
年収
700万以上
勤続年数
3年2ヶ月

茨城県出身。高校卒業後は地元の工場に勤めるも長続きせず、職を転々としながら夜遊びざんまいの日々を送る。
その後、23歳で上京。パチンコ業界を渡り歩き、紆余曲折を経て、40歳のときに風俗業界へ飛び込む。現在は『萌えコス!』の店長として、横浜・曙町屈指の人気店を目指し日々奮闘中。
趣味は飲み歩き。休日の楽しみは「都会過ぎない繁華街」で、刺身をさかなにハイボールをたしなむこと。

夜遊び、離婚、数カ月おきの転職。不真面目な生活を送るやんちゃな青年が、上京を決意した“危険な勧誘”

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――ご出身は?

茨城県です。23歳で上京するまでは、結構やんちゃしてましたね(笑)。不良だらけだった周囲の環境に影響されたのかな。中学生くらいの頃からだんだんグレ始めちゃって。高校生になると、仲間と夜な夜な集まってはバイクを乗り回し、朝までわーわー騒いでました。

――高校卒業後は?

地元の工場に就職を。でも夜遊びの習慣はなかなか抜けなくてね。仕事が終わったら車で隣町のディスコに直行。ばんばんナンパして、近くの海に連れて行く、みたいな生活を(笑)。
だからディスコでちょっとした有名人になっちゃって。そのうち、僕と同じナンパ目的の連中と仲良くなったり、年長者との付き合いも増えたりと、交友関係はどんどん広がっていきましたね。

――工場に勤めていた期間は?

半年くらい。その後はホームセンターに日用品を配送するドライバー職を2年ほど。
実はこの時期に、当時付き合っていた年上の女性と、できちゃった結婚をしてるんですよ。でも勢いだけで入籍しちゃったうえに、まだ遊びたい盛りだったから、結婚後もほとんど家族と過ごす時間を作らなくて。悪い先輩たちと夜の街に繰り出すほうが楽しかったんです。結局、1年ちょっとで離婚。子どもとはそれ以来、疎遠になっちゃいましたね。

――上京のきっかけは?

地元にいるのが嫌になったというか……このままだと危ない道に進んじゃいそうだなと思って。

――危ない道?

広がった交友関係の中には、社会的に問題のある“本当に悪い大人たち”もいまして。あるとき彼らに「会社を起こすからうちに来い」とスカウトされたんです。しかも断れる雰囲気じゃなかった(笑)。配送業を辞めたあとは数カ月おきに職を転々として、相変わらず夜遊びを続けている僕は、ぴったりの人材だったのかもしれませんね。
そんな僕を周囲の仲間や先輩も心配してくれてたし、僕自身、「この先どうなってしまうんだろう」という不安を感じるようになり、逃げるように東京行きを決めたわけです。
もっとも、貯金なんてほとんどなかったから、母親に「10万円貸してくれ」と泣きつきましたけど(笑)。

パチンコ業界に身を投じ、“文無し寸前から年収1,000万円”へ。四十路を迎え夜の世界への転身を決意

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――上京後のことを。

日払い、寮付きの仕事に絞って求人誌をあさったところ、条件の揃ったパチンコ店を見つけまして。すぐに面接を受けに行き、上京資金が底を突く前に、なんとか就職することができました。
しかも店長がいい人でね。なぜか僕のことをかわいがってくれたし、仕事のイロハを教えてくれた。で、1年ほど経った頃、当時の業界最大手だったパチンコチェーンへの入社をあっせんしてくれたんです。

――それで転職を?

はい。転職をしてからは、より一層がんばりました。大手に入社できたから気合いが入ってたんでしょう。班長、副主任、主任、副店長と、順調に階級が上がりまして。入社4年目には、栃木県に立ち上げた新店の店長を任されたんです。
売上を伸ばすためにいろいろやりましたね。広告の作成、イベントの開催、メディアへの取材依頼。新台のリリース情報はつぶさにチェックして、すぐに入荷できるようあらかじめ予算を確保して……。そういった施策が実を結び、業績は徐々に上昇。県内でナンバーワンの売上を記録できました。
その後は東京に戻って、複数の店舗を統括するエリア長の役職を拝命。年収は最終的に1,000万円を超えたのかな。

――順風満帆ですね。

仕事ぶりを評価してくれたり、活躍の機会を与えてくれたりといった環境も影響していたと思います。いくらがんばっても地位は得られず、給料も上がらずであったら、続けていたかわかりません(笑)。
ただ、私生活は依然としてだらしなかったですよ。27歳のときに2回目の結婚をしてるんですが、3年と持たずに離婚。原因は……僕の浮気ですね(笑)。

――(笑)。大手のパチンコチェーンを辞めた理由は?

入社10年目に会社が脱税で倒産しちゃって。突然だったから慌てましたよ。でも別のパチンコチェーンが「店長やりませんか?」と声を掛けてくれたんです。
だけど、いざ入社してみたら社長がひどいワンマン。おまけに彼の親族がずかずかと現場に介入してくる。もうファミリー企業の悪い例そのもの(笑)。結局、3年弱で辞めました。

――その後は?

ほかのパチンコ店を2社経験。だけど転職を繰り返すたびに店の規模は小さくなるし、年収も下がっていく。自分の人生が先細りになってきたと感じ、「このままパチンコ業界にいていいのかな」と考えるようになったんですよね。それで40歳を迎えたのを機に、興味のあった風俗業界への転身を決めたわけです。

ゼロからのスタートでつかんだ地位。“仕事は真面目に、されど楽しく”を信条に、横浜屈指の人気店を目指す

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――なぜ風俗業界に興味があった?

娯楽産業、現金商売という点において、パチンコ業界と通ずるものがあると感じてたんですよね。まだ社会的なステータスは低いかもしれないけど、パチンコは認知症予防、風俗は性犯罪抑止にも一役買うと言われている。社会貢献の可能性を秘めた部分にも親近感を覚えたのかな。
そういったことを考えているときに見つけた求人が『萌えコス!』の姉妹店。「大きなグループだし、ここにしてみよう」くらいのノリで応募しました。

――40歳で未知の業界へ。不安はなかった?

特にありません。多少の蓄えはあったし、気軽な独り身ですし。
それに接客やマネジメントの経験があるといっても、業態が違えばゼロからのスタート。「ここが奮起のしどころ」「なんでも覚えてやろう」と、気合いが入ってましたから。

――入社後のことを。

最初は先輩に付き従って業務の流れを覚え、ほどなくお客様の対応を。数カ月後には女の子の面接も担当するようになりました。あとは集客用のイベントを考えたりね。
うちの会社は個人の裁量が大きいんですよ。役職、社歴を問わず、いろいろな業務にチャレンジさせてくれる。だから出世の機会も多いんじゃないかな。僕は入社1年後くらいに副主任、そして今年、前任者のあとを受け『萌えコス!』の店長を任せてもらえることになったんです。

――異なる業界で再び店舗責任者の立場に。どのような店づくりを目指している?

スタッフみんなが和気あいあいとしている職場にしたいですね。先輩や上司に委縮せず、ちゃんと意見も言えるような。そういうポジティブな雰囲気は女の子やお客様にも伝わるし、店の繁盛につながると思うんです。
昔、パチンコ店にいたんですよ、場をピリピリさせてしまう上司が。悪い人じゃないんだけど、彼がいるだけでみんな黙っちゃう(笑)。もちろん仕事は真面目に、だけど楽しく働ける環境じゃないと。

――今後の目標は?

まずは売上アップ。横浜でも指折りの人気店にしたいです。個人的な目標は……4回目の結婚もいいかなあ。

――4回目!?

実は、数年前まで内縁の妻がいたんですよ(笑)。籍は入れてないので厳密には結婚と違いますが、相手の連れ子と一緒に住んでいました。彼女とはいろいろあって円満に別れましたけど、最近は仕事も安定してきたし、また家庭を持ちたいと思えるようになってきまして。今度は嫁さんを大事にします(笑)。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

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萌えコス
職種 ナイトワーク/店舗型
地域 神奈川県・横浜
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