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INTERVIEW
萌えリーングループ
店長・幹部候補
山崎純一さん 54歳

金持ちを目指し、挑戦と失敗を重ねた人生。野望の行く末と、気付けば手にしていたもの

金持ちを目指し、挑戦と失敗を重ねた人生。野望の行く末と、気付けば手にしていたもの

萌えリーングループ

店長・幹部候補
山崎純一さん 54歳
年収
700万以上
勤続年数
1年6ヶ月

兵庫県尼崎市出身。父親の事業失敗を機に、住まいを転々とする幼少期を送る。貧しい暮らしの中で「金持ちになりたい」という野心を抱くようになり、やがては自ら会社を立ち上げるも倒産。名古屋市に移り、未経験の風俗業界へ。親会社の身売りを経て、現在は『萌えリーングループ』における人妻系店舗の統括を担う。
「自分も苦労をかけた」という両親との仲は良好で、実家に足しげく通い介護に勤しむ孝行息子。

金持ちになりたい。野心を抱える青年が、父の意思を受け継いで歩み始めた“成功者への道”

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――ご出身は関西とのことですが。

ええ、生まれは兵庫県の尼崎市です。ただいろいろあって、幼少期から各地を転々とすることに……(笑)。
父は経営者だったんですけど、僕が小学生の頃に会社を畳むことになりまして。借金も抱えていたみたいで、夜逃げ同然で関東へ行ったり、四国へ行ったり。中学生になったあたりで取り立てが収まり、ようやく神戸市に腰を落ち着けたという具合ですね。

――その後は順調だった?

神戸に移り住んで3年くらい経った頃、父が再起を図って商社を立ち上げまして。僕も高校卒業と同時に入社したんですが、これがまた1年で倒産。ただ営業の基本を勉強させてもらっていたおかげもあって、再就職はスムーズでした。
そのあとは酒問屋で働いたり、自動車のディーラーをしたり、魚屋で店頭販売をしたり。ただ、どの会社も業績が伸びなかったり、倒産してしまったりで長続きしませんでした。でもそのたびに仕事の付き合いがあった人が手を差し伸べてくれたんですよ。「ウチで働いてみんか?」って。
そうしていろいろな仕事を経て、不動産屋の営業マンとして働いていたときに、あの阪神・淡路大震災が起きました。住む場所を失くして家を探すお客様が多くて……皮肉なものですが、その特需で当時の不動産業界はかなり潤ったんです。僕もバンバン契約を獲得して、結構な額を蓄えることができました。そしてそのお金を元手に、自分の会社を起こしたわけです。30歳にしての初挑戦でした。

――お父様のリベンジを。

別にそんなつもりじゃなかったんですけどね(笑)。小さい頃から貧しかったぶん「金持ちになりたい」という野心がずっとあって。もちろん常に目の前の仕事には全力を注いでいたんですけど、その場所で上り詰める前に会社がなくなっていましたから。だったら自分でやってやろうと。

――経営はうまくいった?

始めは手堅く不動産と建築の仕事を受注していて、その頃は順調でした。
ただ徐々に欲が出てきまして、土地造成の分野に手を広げ始めたんです。しかしこれが大悪手。行政主導の大きな事業に関わっていたのですが、なんと工期そのものが遅延することに。既に資材を確保したあとだったので、さばきようのない在庫と借金だけが残ってしまいました。
結局、お金を返しきれず関西には居場所がなくなり……。着の身着のまま名古屋にやってきたというわけなんです。もう15年以上も前の話になります。

夢破れ、男は夜の世界へ。“ビジネス思考”を武器にロケットスタートを決めるも、徐々に立ち込めた暗雲

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――紆余曲折を経て名古屋に。当てはあった?

まったくありませんでした(笑)。でもこっちへ来て偶然再会した昔の仕事仲間から、彼が人妻系の風俗店にスタッフとして勤めていることを聞きまして。系列の店舗へ紹介してもらうことになったんです。
当時は借金の返済に加えて、実家にお金を送る必要があった。それに今まで歩合制の不安定な仕事しか経験したことがなかったので、固定給をもらえることは大きな魅力でした。
女の子を扱うビジネスの仕組みにも初めこそ戸惑ったんですが、お客様への売り出し方はすぐにつかめましたね。販促に関しては、ずっと仕事で携わってきたから結構自信があったんですよ。そうしてスタッフとして成果を上げていった結果、入社3カ月で店長を任せてもらえることになりました。

――培ってきたビジネスの経験が活きた。

酒屋でビールを売る、魚屋で鮮魚を売る、不動産屋で家を売る。すべて買い手と商材、そして両者を仲介する人物がいて初めて成立するものですよね。風俗店も同じで、どれだけお客様のニーズに応えられるかがすべてだということにいち早く気付けたんです。その感覚に基づいて戦略を立てたところ、店長就任後すぐに店の売上を3倍近くアップさせられました。

――絶好のスタート。

スタートだけはね(笑)。

――では、また困難が?

僕が店長に就いた頃は、メディアを利用した宣伝を行ったり、豊富なオプションを用意したりという手法で売上を伸ばしていったんです。自動車メーカーがCMを打ったり、車にアクセサリーを設定したりすることと同じようなものですね。ただ当時こそ珍しかったそれらの取り組みは、徐々にどこでも当たり前になっていった。時代とともにニーズも変わっていき、他店と比較して明確な強みを打ち出すこともできず、やがてはグループ全体での売上が最盛期の3分の1にまで落ち込んでしまいました。
もちろん打開策を講じてはいたものの、重要事項を変更する権限は会社の経営陣が握っていたので、現場でやれることには限りがあったんです。上層部との連携不足もあって身動きが取れない状況が続き、いよいよまずいと思っていた矢先、会社の身売りが決定。そうして2018年の5月に系列店が丸ごと『萌えリーングループ』に拾われることになりました。

苦労続きの人生を歩んできた老兵は、ついに安息を手にする。そして次世代へとつなぐ“経験と野望”

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――『萌えリーングループ』に加わった今、山崎さんはどのようなポジションに?

人妻系店舗の統括を任されています。『萌えリーングループ』はもともと若い女の子が働く店をメインに扱うグループなので、人妻店についてのノウハウは僕のほうが心得ている。それもあって、裁量権は結構与えてもらっていますね。
とはいっても、すべてが現場に丸投げされるわけではありません。むしろ経営陣自ら店舗に足を運んで、指針を示してくれる。トップも一丸となって店舗の売上を作っていく姿勢には「さすが大手やな」と思いますよ。
週に1回は直接顔を合わせるので、こちらから提案を行う機会も多いです。しかもほとんど承認してもらえる。そのぶん結果も求められるわけで、プレッシャーも大きいんですけど(笑)。

――上層部のフットワークが軽いということ?

ほとんどの役員が僕よりも若いということが大きいかもしれません。だからこその活気は常々感じますね。
そういう中で僕の役割は、ベテランとして仕事に対する真摯な姿勢を貫くことかなと思っています。女の子には成績を問わず平等に接する。売上の入金はその日中に行う。上司はもちろん、部下に対しても報連相を怠らない。どれも細かいことですけど、忙しいときほど見落としてしまいがちですから。

――労働環境に変化などは?

以前は年に10日しか休みがないこともありました。でも『萌えリーングループ』に加わってからは、週に1日は休めています。会長から「もっとスタッフを増やして、山崎が柔軟に動ける状況を作りたい」という話も聞いているので、新しく人が来てくれたらさらにゆとりを持てるかもしれません。

――未来の後輩に望むことはある?

仕事に対して真面目に取り組んでさえくれれば、それだけで十分です。ただもし上を目指したいという気概のある人が来てくれたら、教えられることは全部教えて後釜を任せたいと思っています。
不思議なもので昔はずっと「金持ちになりたい」と思っていたのに、そういう野心がなくなっていきましてね。これまでたくさん挑戦してきましたけど、失敗ばかりで成功した試しがないので、僕はきっと欲をかかないほうがいいんでしょう(笑)。今は大きなグループの一員として、信頼できる人たちと一緒に仕事ができています。なんだかんだ自分の人生で一番安定している時期だと思うので、見守る立場が心地いい。野望は若い人たちに託すことにしますよ。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

選べる働き方■創業10年の安定した会社で働く「安心と未来」
萌えリーングループ
職種 ナイトワーク/店舗型
地域 愛知県・名古屋・栄
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