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INTERVIEW
ファインモーション
店長・幹部候補
長瀬さん 42歳

夢は必ず持ったほうがいい。業界歴16年、遅咲きの店長は今も野心を抱き続ける

夢は必ず持ったほうがいい。業界歴16年、遅咲きの店長は今も野心を抱き続ける

ファインモーション

店長・幹部候補
長瀬さん 42歳
年収
1,000万以上
勤続年数
16年0ヶ月

愛知県出身。専門学校を卒業後、設計士の道へ進むも上京とともに退職。モデル、役者、飲食店経営などを経たのち、立ち上げ直後の『ファインモーション』へ入社。店舗スタッフとして従事する。勤続9年目に店長へ昇格し、現在は「自分を追い越してくれる」後進の育成に精を出しているとのこと。
趣味は手先の器用さを活かしたDIY。休日は公園で2人の子供と遊んで過ごす、子煩悩な一面も。

ルックスを活かして芸能の道へ。“のし上がってやろう”と広げた人脈、出資者との対立

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――イケメンですね。背も高いですし。

ありがとうございます。180cmあります(笑)。実は高校の頃から10年ぐらい、モデルや役者をやってたんですよ。地元のテレビなんかにも出たりして。在学中、東京の事務所から声がかかったこともありました。

――すごい! それで上京を?

いえ、もともと芸能の仕事にそこまで興味があるわけではなかったので……。返事は一旦保留にして、高校を出たあとは地元にある建築系の専門に行きました。卒業後は設計士として、図面を書いたり現場監督をやったりしてましたね。手先が器用で、ものづくりが好きなのを活かした仕事をしようと。
だから楽しく働いていたんですけど、2年経ったころに自分の中で一区切りついた感じがしたというか。いろいろ資格も取れたし。そのときにちょうどまた芸能関係のオファーが来て、それじゃあやってみようかなと(笑)。上京もこのタイミングですね。

――東京で、芸能の仕事を再開した。

事務所に入って、引き続きモデルをやりながら演技の勉強をしていました。
でもやっぱり、それだけじゃ生活できないんで、サパークラブで働きつつ。お金もそうですけど、人脈がほしかったんですよ。のし上がってやろうと思ってたから(笑)。

――(笑)。人脈は広がりましたか?

いろいろな出会いがありましたが、ある女性との縁が自分にとっての転機に。「出資をするから」と、彼女にカフェレストランの共同経営を持ちかけられて、4年ほど働いていたサパークラブを辞めてそっちへ行きました。
でも結局、意見が対立しちゃって、続いたのは1年ぐらい。

――対立?

一言で言うと“お嬢様”だったから。住んでる世界が違いすぎるくらいのお金持ちで、感覚がずれてたんですよ。例えばお客様が入らなければ、接客方法を変えたりとかお店の宣伝をしたりとか、方法はあると思うんです。でも彼女の場合は、いきなり1,000万円突っ込んで店舗の改装をする。「いやいや、そこじゃない」っていう(笑)。

――価値観の相違があった。

はい(笑)。一番対立したのは、経営論の部分ですね。
僕は地域や人に密着して、いろんな人を幅広く迎え入れたいなと思っていたんです。普通の人がふらっと来て、お酒を飲んで楽しんでもらえるような。
でも彼女はお金持ちの知り合いを呼んで、1本何十万円とかの高いお酒を頼んでもらって売上を立てていた。それが自分の目指したいものと違っていたというか……。

夜の世界に足を踏み入れたきっかけは、かつての縁。“1人ひとりとのつながり”を重んじ、奮闘努力の日々

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――その後は、芸能活動に専念した?

レストランの経営を始めた時点で、ほぼほぼ芸能の仕事はしていませんでした。やっぱり一握りの世界なんで、生活が厳しかったんですよ。それに耐えられなくなっちゃって……金がないのが嫌いなもんで(笑)。だからもう、レストランを辞めたあとにすっぱりと事務所も辞めました。20代半ばになっていたので、現実を見ようとも。

――では、そのあとに風俗の仕事を?

はい。ちょうど同時期に、サパークラブ時代に出会った人から「『ファインモーション』で働かないか」と声を掛けられて入社しました。当時の、うちの社長なんですけど(笑)。

――さすが、人脈が広い(笑)。

風俗の仕事に関しては未知でしたが、昔から女の子と遊ぶことは多かったし、サパークラブでも女性と話していましたから。その経験が活かせると思ったんで、特に抵抗はなくこの業界に入りましたね。
ただ、客として利用したのは、設計士時代に先輩に何度か連れていかれたことがあるぐらい。店もできたばかりだったし、在籍している女の子も少なかった。だから最初は何をすればいいのかわからなくて……当時はとにかくがむしゃらで、慣れることに精一杯でした。

――なるほど。当時は何を?

まず、お客様を呼ぶために、アプローチの仕方を知るところから始めました。当時はまだスマホがない携帯電話の時代だったので、宣伝方法もメルマガが主流。ホームページなんかも自分たちで作りましたね。
そこから徐々に、女の子をアピールするために奇麗な写真を撮ろう。じゃあそのために写真を覚えよう。お客様にはこういう接客をしよう。と、段階を踏んで学んでいきました。

――ちなみにどんな接客を?

自分のお客様を作ろうという接客ですね。それこそ“地域密着”で。お客様とはただ金銭のやり取りをするだけじゃなく、世間話をして1人ひとりと距離感を近づけて、自分のことを知ってもらって。もちろん目当ては女の子なんですけど、同時に僕を目当てに来てくれるような。「遊ばなくてもいいから、ふらっと写真見に来てくださいよ」と、言える関係を目指していました。
そうやって積み重ねていったものが徐々に評価されて、今、こうして店長に。

――順風満帆ですね。

ところがそうでもないんですよ(笑)。
副店長に上がるのは早かったんですけど、店長になるまでには8年……9年くらいかかって。かなり遅かったですね。

夢と野望を胸に抱き、偉大な店長の背中を追いかけた9年間。今、求めるのは“かつての自分”

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――それはなぜ?

当時の店長がとにかく偉大で、なかなか抜けなかったんです。ある程度仕事を覚えてからは、「あなたが休んでくれないと、俺が抜けない。だから休んでくれ!」「休んだぶん俺が仕事する。そのぶん、差が詰められるから」って頼んだり(笑)。
野望や向上心……のし上がってやるって気持ちは常にありましたね。

――晴れて、のし上がったわけですね。

実は、今の『ファインモーション』の社長が、その当時の店長なんです。偉大な人ですよ、やっぱり。結局抜けないままでしたけど横並びにはなりたいなと、今も野望は抱いています。
……逆に、今いるスタッフにも思っていてほしいですね。当時の自分みたいに、僕のことを「抜いてやろう」って。そういう意気込みは働く上でどんな職業でも必要ですから。

――向上心が大切。

ほかにも積極性や柔軟性、社交性もかな。
正直、我々の業界の仕事って難しく考えなくてもできるんですよ。特別な資格は必要なくて、やること自体はそんなに複雑じゃないので。
例えてみれば、商品があって、それをどうプロデュースしてお客様にアピールするか。売れたら売れたぶんだけ、自分たちの店が大きくなっていく。単純にそれだけの話で。
だからチャンスは平等にある。ただ、そこに乗っかってやるかやらないか。「やってやるぜ」っていう気持ちがあるかどうかが大切になってくるんです。

――向上心を保つためのアドバイスはありますか?

これは僕の持論ですが、夢は必ず持ったほうがいいです。仕事でもプライベートでも。
でも人って、大きな夢を意識し続けることってできないんですよ。日々の忙しさで消されてしまうので。
だから今いる場所から遠くに、夢……大きな目標を立てておいて、その間にいくつでもいいので近い目標を決めておく。そうすれば達成感も得られるし、自分の成長を認識しやすい。結果、モチベーションも維持できる。遠い目標だけだと到達するまでに疲れてしまうけれど、近いとゴールできる気がするから。小さな目標達成の繰り返しで、最終ゴールに近づきやすくなるんです。

――そんな長瀬さんの夢は。

やっぱり、今の社長と肩を並べることですかね。自分を追い越してくれるスタッフを育てつつ、会社も大きくして。
そのあとは50代くらいで隠居する(笑)。海沿いの田舎に家を借りて、週末だけそっちへ行って。家族と気ままにのんびり過ごす。……よくないですか?(笑)。そういうのも。
写真・記事:メンズバニラ編集部

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ファインモーション
職種 風俗ワーク/ホテルヘルス
地域 東京都・池袋
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