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INTERVIEW
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だいすきグループ
店舗スタッフ
ユウジさん 56歳

元フレンチ料理人のレシピに不可能という文字はない。人生の第2幕はまだ始まったばかり

元フレンチ料理人のレシピに不可能という文字はない。人生の第2幕はまだ始まったばかり

だいすきグループ

店舗スタッフ
ユウジさん 56歳
年収
560万以上
勤続年数
1年1ヶ月

東京都出身。高校卒業後、料理人を目指し大阪の調理師専門学校へ。さまざまな飲食店で働きながら学校を卒業し、神戸のホテルへ就職。フレンチレストランでチーフにまで昇り詰める。
その後、阪神淡路大震災を機に状況が一変。50歳を目前に東京へ戻り、55歳にして心機一転、ナイトレジャーの世界に飛び込む。
趣味は食べ歩き。雰囲気のいいお店にふらっと入るのがユウジスタイルとのこと。

人生の次なるステージはまったくの異業種。55歳で決断した“最後で最大”のチャレンジ

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――前職は料理人だったそうで。失礼ですが、なぜその年齢でナイトレジャー業界に?

やっぱり気になりますよね。何十年も料理の世界に身を置いてきて、さらにこの年齢で……。一言で言うと心機一転。私の中で、料理人としてやり尽くした、やれることはやったって感じたのが転職のきっかけです。
仕事を辞めて「さて、これからどうしようかな」と考えていたとき、偶然ナイトレジャー業界の求人を見つけたんですよね。「あ、それもありかな。チャレンジしてみよう」って思っちゃって(笑)。

――思い付きだった?

ことの始まりは思い付きですね(笑)。でもよく夜の店で遊んでいたし、実はどんな世界か興味があったんですよ。
そこから50歳過ぎの就活が始まりました。何店舗か応募しましたが、やはり年齢の壁が。やっとの思いで面接までこぎつけても「やっぱり、年齢がね……」の繰り返し。
そんな状況の中、『だいすきグループ』だけは違いました。私のやる気や人柄を評価してくれた。「ここならがんばれるぞ」って直感しました。そして何より、私のことをただの年寄りではなく1人の人間としてちゃんと接してくれたことに感激して、この会社でもうひと花咲かせてやるって決意が固まったんです。

――不安もあったのでは?

何しろオーナーよりも年上ですし、周りのスタッフも親と子ほどの年の差。ちゃんと人間関係を築けるかな、働いていけるかな、と不安だらけでした。
でも出勤初日から声をかけてくれたり、話を振ってくれたりしてくれたので助けられました。今では完全に打ち解けて、みんなからは親しみを込めて「お父ちゃん」って呼ばれています。

――「お父ちゃん」?

はい。少し照れますが気に入っています。あ、気に入っているのは内緒で(笑)。
ちなみに名札に書いている「お兄ちゃん」は店用のあだ名なんですが、一度も呼ばれたことはありません。スタッフやお客様、全員が「お父ちゃん」です(笑)。

――仕事を始めて約1年経ちますが。

当たり前ですが、初めは知らないことだらけでした。苦労の連続ですよ。それでも時間が経つにつれて、なんとか業務にも慣れてきて今は楽しくやっています。周りからも少しずつ信用してもらえているのかな。
ただ掃除にはうるさいらしいです、私。そこに関しては料理人の魂みたいなものが、まだ残っているのかもしれませんね。

料理人としてのキャリアを積み重ね順風満帆な日々。そんな中、人生を狂わせた“未曾有の災害”

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――そもそもなぜ料理の世界に?

小さい頃に見ていた、テレビの料理番組の影響ですね。野球中継を見て、野球選手になりたいって思う感覚と同じです。私の場合はそれが料理。高校卒業後、大阪の調理師専門学校へ行き、本格的に料理の勉強をスタートさせました。ある日の授業でアラン・シャペルっていうフレンチの巨匠の存在を知って、それ以来フランス料理一筋。彼は「感性で料理をする」って言われていたんですよ。なんかカッコいいでしょ。憧れましたね。

――卒業後は?

フレンチレストランを併設する神戸のホテルに就職しました。
必死に働きましたね。先輩の技を盗んだり、休日はフレンチを食べに行ったり。フレンチ漬けの毎日。その結果、3年でチーフに昇格。同時に宴会を仕切ることができる立場になりました。
思い出深いのは4年ごとに大阪で開かれる『食の博物館』。日本最大級の“食”のイベントで、宴会料理を発表したんですよ。そしたら、当時の通産大臣賞に選ばれちゃって。自分でもびっくりしました(笑)。
レストランのお客様には「いつ来てもおいしいね」とよろこばれていましたし、料理人として一番楽しかった時期ですね。

――順調だったんですね。

ええ。でもそんな中、阪神淡路大震災が起こりました。ホテルも打撃を受けて、休業せざるを得ない状態。なんとか半年で営業再開しましたが、人も店も減ってしまい、まるで違う街のようでした。

――仕事への影響は?

もちろん、ありました。営業再開を機にホテルの経営方針がガラっと変わることに。仕事仲間も入れ替わり、地震のショックも冷めない中、今までのように理想の料理を提供するのが難しくなった。そのときは歯車がズレたような感覚を抱きながら、厨房に立っていましたね。
10年以上勤めていましたし愛着もあって、どうにかしたい一心で、経営陣に掛け合ったりしましたが力及ばず。3年後結局、退職することに。

――退職してからは?

大阪の飲食店を転々としていました。なんとなく毎日が過ぎていって、このままじゃダメだと思い、環境を変えようと50歳手前で東京に戻ることにしたんです。でも相変わらず、仕事は飲食店。私にはそれしかできなかったですから(笑)。
そうこうしているうちに時間が経ち、年齢だけを重ねていきました。そこで去年、料理に固執せずにすべてを捨てて、やりたい仕事をしようと思い立ったわけです。

裸一貫でナイトレジャーの世界に挑む最年長ルーキー。寄る年波にも負けず目指すは“還暦での店長就任”

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――現在の業務は?

主に接客業務を担当しています。これから女の子のマネージメントを覚えていく予定です。自分で言うのもなんですけど、接客に関しては筋がいいってオーナーから褒めていただきました。もともと自信はあったんですよ。料理人時代にあいさつはもちろん、お客様の前でコースの説明などをしていましたから、それが活きているのかもしれません。

――では、逆に苦労した点は?

とにかく手を焼いたのがパソコン業務。もうからっきしダメ。今までは包丁しか扱っていなかったですから、「Excelとは何ぞや」ってレベルですよ(笑)。
だからといって、できませんじゃ話にならない。Excelの入門書を買って家で勉強したり、先輩に教えてもらったりして、今ではある程度のことはできるようになりました。家での自主勉強は、「若い衆にはまだまだ負けてられん」っていうおっさんのプライドみたいなものです(笑)。
パソコン以外も日々勉強です。この年齢になって新しいことを覚えるのは骨が折れますが、そこが新鮮で楽しくもあります。それにナイトレジャーも飲食も、お客様がいて初めて成り立つ。そういう目線で見ると仕事の根本は同じです。

――ナイトレジャーと飲食は似ている?

お客様によろこんでいただくサービスを提供する点では通ずるものが間違いなくあります。私自身、料理人時代に勝るとも劣らないやりがいを感じているのが、何よりの証明ですよね。
ナイトレジャーや飲食に限らず、どんな仕事でも人ありきですから。

――この記事を読んでいる人に向けてメッセージを。

私がこのインタビューで言いたいことは、「転職先にナイトレジャー業界もあり」ってことです。ナイトレジャーといっても中身は普通の会社。人対人に変わりないじゃないですか。
「第2の人生を謳歌したい」「人生をやり直したい」って考えている同年代の方に響けば幸いです。私みたいな50代半ばのおっさんでも元気にがんばっていますから、心配いりません(笑)。

――では今後の目標は?

やるからにはとことんやりたいです。「第2の人生を謳歌したい」っていうのは何より私自身の希望でもありますから。目標は60歳までに店長になることです。還暦店長って感じかな(笑)。
赤いちゃんちゃんこを着て、店の前で……。

――どうかされました?

いや、ふと思っちゃったんですよね……。俺、もうそんな歳かってね(笑)。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

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だいすきグループ
職種 ナイトワーク/店舗型
地域 神奈川県・関内・曙町・福富町

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