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INTERVIEW
One More奥様 蒲田店
店長・幹部候補
中村 たかしさん 34歳

恵まれた環境からの逸脱。帰国子女の失敗作と呼ばれた男が、新天地で描くテッペンの風景

恵まれた環境からの逸脱。帰国子女の失敗作と呼ばれた男が、新天地で描くテッペンの風景

One More奥様 蒲田店

店長・幹部候補
中村 たかしさん 34歳
年収
950万以上
勤続年数
5年0ヶ月

タイ生まれの帰国子女。裕福な家に育ち、高校入学まではエリートコースを歩むも、渋谷センター街の享楽的な誘惑に勝てず遊び人の道へ。
その後、24歳のときにお笑い芸人デビュー。芸人活動と並行して、さまざまなアルバイトを経験したのち、『one more 奥様』へ。入社5年目の現在は、蒲田店の店長として日々奮闘中。
酒好き。「記憶をなくすほど飲んだ」のも今は昔。最近は「上品な大人の飲み方を覚えた」とのこと。

エリート候補から一転、ついたあだ名は“帰国子女の失敗作”。 芸人デビューを果たすも食えない日々を送る

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――ご出身は?

タイのバンコクです。僕、帰国子女なんですよ。
日本に戻ってきたのは12歳の夏で、東京の中学校に編入を。それまでも日本人学校に通っていたし、家では和食が当たり前だったから、カルチャーギャップを感じることはありませんでしたね。「タイの街ってゾウ歩いてんの?」みたいな質問にいちいち答えるのは面倒くさかったけど(笑)。でもまあそれくらいなもんで、周りにもすんなり溶け込めました。
ただ、僕は“帰国子女の失敗作”って呼ばれているんで。

――(笑)。どういう意味ですか?

帰国子女って“かなりイケてる”みたいな印象ありません? 例えば進学に関しても、入学試験が免除されたり、あっても「英語がしゃべれたらOK」とか「日本語の問題文が読めるか」程度だったり、いろいろ有利なことが多い。いわゆる“帰国子女枠”ですね。だから割と簡単にいい学校に入れるし、学歴や海外経験が武器になって大企業に入社できる人が多いんです。
だけど僕はその恩恵を受けていない……というか受けられなくなった。

――いったいなぜ?

学校に行かないで遊んでばかりいたから(笑)。
高校は都内の有名な進学校だったんですけど、出席日数は足りないわ、やらかして停学になるわで、2年生になる前に転校しまして。大学受験のときには帰国子女枠が使えなくなってたんですよ。

――特権を失ってしまったと。高校卒業後は何を?

フリーターです。バイトが終われば仲間と渋谷に繰り出して、朝まで飲んでときどき暴れて……みたいな生活を。酔っぱらって駐輪場に突っ込み大怪我したこともありました(笑)。
一方で、タイ時代の同級生のほとんどは、いい大学に入って、誰もが知ってるような大手の広告代理店や食品会社に就職した。僕はと言えば、お笑い芸人になろうと決めて23歳で養成所に入った。そりゃあ失敗作扱いされますよね(笑)。

――お笑い芸人をやっていたんですか?

一応、数年前まで舞台に立ってました。でも芸人の仕事だけじゃ食っていけなくて。デビュー当初なんて、3カ月分の給料が3,000円とかですよ。なのでアルバイト生活は変わりませんでしたね。
で、その頃に出会ったのが、当時飲食店を経営していたうちの社長。芸人としての活動をずっと応援してくれていて、バイトでもお世話になっていたんです。

きっかけはノリと勢い。三十路を前にたどりついた先は、“素人の集まり”が立ち上げた夜の店。

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――『one more 奥様』に入社した経緯は?

まずは社長と、今『one more 奥様』の厚木店で店長をやってる渡邊さんが関内に店を立ち上げ、すぐに僕も手伝うようになって。それが29歳のときですね。「芸人の仕事を優先していいよ」とシフトに融通を利かせてくれたし、信頼している相手からの誘いだったしで、完全に軽いノリで引き受けました(笑)。

――創業時のメンバーなんですね。

でも風俗業界の仕事は、渡邊さんがちょっと経験あったくらいで、ほとんど素人の集まり。イチから自分たちで作り上げる楽しさはあったけど、「これどうしよう」みたいなことも多くて大変でした。だから僕らにとっての師匠は、最初のキャストさんたちなんです。

――キャストさんに仕事を教えてもらった?

当時は、なぜか経験豊富なキャストさんからの応募が多くてね。うちのコンセプトに惹かれたのか、ほかの理由かはわかりませんが、とにかくベテランが集まった。彼女たちからほかの店の話を聞けたおかげで、いろいろ吸収できたんですよ。いいところは参考に、悪いところは反面教師にして。
そうやって徐々に運営のコツをつかみ、だんだんお客様も増えてきて、軌道に乗っていった感じですかね。店の方針をしっかり定めたことも大きかったと思います。

――どのような方針に?

『ちゃんとリピートを返せるように、サービスの質を向上させる』という方針ですね。言葉は悪いですけど、最初は「来るもの拒まず」だった女性の採用も「うちはサービスに厳しいよ」と伝えるようになりました。もちろんスタッフも同様で、電話対応1つとっても懇切丁寧を心がけようと。
やっぱり、お客様に「いい店だな」と思ってもらえることが一番。結果、広告サイトを使って宣伝する必要がないくらいリピータ―をつかめるのが理想じゃないかと。

――ちなみに中村さんが正社員になった時期は?

いつ頃だったかな……。手伝い始めて1年後くらいには、ほとんど毎日出勤してた気がするので、たぶんそれくらいじゃないですか(笑)。
有名になりたいとか、もっと面白くなりたいとか、いろんな理由があって芸人を志したわけですけど、「お金を稼ぎたい」も大きかった。その点が満たされたんでね。芸人との2足のわらじは続けつつも、割と早い段階で風俗の仕事に本腰を入れるようになっていたんです。だから蒲田店の店長を打診されたときも、二つ返事で「やります、やります!」って。

支えてくれる仲間がいるからこそ。夜の世界に見出したやりがい、新しい力と“蒲田のテッペン”を目指す

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――店長に就任当初のお話を。

集客と求人に関しては、そこそこ順調なスタートを切れました。出店に適したエリアを入念にリサーチしましたし、他店との差別化を図ったコンセプトもハマったのかと。
最初にぶち当たった壁はスタッフや女の子への接し方です。責任者として、厳しい態度で臨むべきか、優しく褒めて伸ばすべきか……。なにぶん指導や教育とは無縁の人生だったもので(笑)。
だけど当時、副店長だった人が飲食業界でマネジメント経験のある人でね。悩んでいた僕に「なにかあればフォローするので心配しないでください」と言ってくれた。おかげで気が楽になったし、すごくやりやすくなったんですよ。ちなみに彼は今、立川店の店長をやっています。

――スタッフさんの支えが力になった。

今でもそうですよ。困ったことがあれば相談しますし、問題はみんなで話し合って解決したい。そういう環境であるためにも、日頃から“しゃべること”を大事にしています。報告を怠らないとか、スタッフが髪を切ったら8日間くらいは「髪切った?」って言い続けるとか。

――(笑)。では、新しい力に求める人材像をお聞かせください。

やる気さえあれば経験も年齢も関係なく。まあ、コミュニケーション能力はあったほうがいいかな。たとえばキャストさんに「いつもありがとうございます」と、たったひと声かけるだけでも気分は違うだろうし、仕事に対するモチベーション、お客様へのサービスも向上すると思うんですよ。

――ひいてはリピータ―の獲得にもつながると。

ですね。昨年のコロナ禍……4月頃はちょっとキツかったんですけど、それもリピーターさんに助けられて乗り越えることができましたから。


――今後の目標は?

まずは蒲田のテッペンを取ること。今はナンバー2くらいかな。近い未来の“蒲田一”も夢ではないと思っています。
あとは多店舗展開。蒲田店がオープンして以降の2年間だけでも、立川、町田、錦糸町を立ち上げた。今年中にもう1店舗出して、さらに勢いをつけたいですね。

――個人的には?

うちの会社で飲み屋さんを開きたい。“これから”っていう若手芸人のステージを見ながら飲めるような、楽しくてにぎやかなお店を。もちろんギャラをしっかり払ってね。
まあこれは遠い将来の夢ですけど……そのときは社長にちょっとお金を出してもらおうかな。「あるスネはかじったほうがいい」が持論なんで(笑)。
写真・記事:メンズバニラ編集部

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職種 風俗ワーク/デリバリーヘルス
地域 東京都・蒲田
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