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INTERVIEW
プライスレスグループ
店長・幹部候補
小野さん 44歳

飛躍の一歩は、栄光との決別から。南国のチャラ男は全国展開を目指すグループの中核を担う存在へ

飛躍の一歩は、栄光との決別から。南国のチャラ男は全国展開を目指すグループの中核を担う存在へ

プライスレスグループ

店長・幹部候補
小野さん 44歳
年収
1,200万以上
勤続年数
18年0ヶ月

宮崎県出身。高校を中退後、大検の取得を目指すも挫折。就職先の米穀店で長時間労働をこなしつつ、深夜のナンパも欠かさなかった南国の遊び人。
高給を求めて26歳で上京すると同時に『プライスレスグループ』へ入社。配属先の『ルネッサンス』で店長を務めたのち、現在はグループ本部の部長として後輩スタッフの人材育成に尽力。
趣味は車と温泉旅行。憧れのランボルギーニを運転して、熱海でのんびり過ごす日を夢見ている。

「遊びたい」の誘惑に勝てず学業から二度の離脱。“午前様の激務”をこなしてナンパのために車を飛ばす

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――学生時代のお話を

学校にも行かず遊んでばかりでしたね。夜中に家を抜け出しては、明け方まで仲間と騒いで……ときどき悪さもしてたかな(笑)。中学生の頃からそんな感じだったので、高校は1年持たずに中退しちゃって。
僕自身は「まあいいか」くらいに考えてたんですけど、うちの父親は大企業に勤める真面目な人でね。息子の将来を不安に思ったのか「大検を取得できる専門学校に入れ」と、強制的に入学させられたんです。しかも当時、地元の宮崎県には大検の専門学校なんてなかったから、わざわざ隣の熊本県に移り住むハメに。16歳のときでした。

――家族で熊本県へ?

いや、アパートで1人暮らしです。仕送りは家賃と最低限の生活費だけ。
でも遊びたくて中退したやつが親の監視下を逃れたら……だいたい想像がつきますよね(笑)。小遣いを作るためにバイトして、しょっちゅう繁華街に繰り出して、そのうち同級生の彼女ができて……。もう勉強なんてするわけがない(笑)。
結局、ちゃんと学校に通っていたのは最初の半年ほど。大検の資格を取得しないまま、2年後に宮崎へ帰りました。

――地元に戻ってからは?

バイトとナンパ(笑)。18歳になり車の免許を取ったことで、遊びに行く範囲がどんどん広がってね。特に、地元の有名なナンパスポットだった“宮崎港”には毎日出かけてました。ナンパ待ちしている女の子の車にクラウンを横付けして「何してんのー?」って。勝率はそこそこ高かったと思いますよ(笑)。

――初めて就職したのは?

19歳ですね。遊び仲間の父親が営む米穀店に就職を。主な担当業務はルート営業と取引先の新規開拓だったんですけど、しばらくして会社が「手巻き寿司の卸売」とか「うどん屋の出店」とか、ほかの事業にも手を広げるようになりまして。で、僕はそっちも兼務することに。朝の6時に寿司の調理場へ顔を出し、米屋の営業をこなして、夜はうどん屋を手伝うという……。帰宅が午前様になることも多かったんじゃないかな。これで月給は手取り11万円(笑)。
実家暮らしで生活費に困ることがなかったとはいえ、相変わらず毎日のように車を走らせナンパに精を出していたので、給料のほとんどはガソリン代に消えてました。何しろ熊本県や福岡県まで遠征することもありましたから(笑)。ただ、仕事は面白かったですよ。入社4年目にはバーの店長もやりましたし。

故郷を離れ26歳で飛び込んだナイトレジャー業界。キャバクラ浴びた罵声、瓦解した“傲慢で過剰な自信”

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――バーの店長?

米屋がバーまで始めたんです(笑)。で、社長が「とりあえず店長やってよ」と。
でも3,500円で2時間飲み放題の安い店だったから、普通に営業してるだけじゃ赤字ギリギリ。そこで近隣の店と共同でイベントを開催したり、店内をクラブ風に改造してみたり、お客様を集める方法をいろいろ考えましたね。結果的に売上はアップして、そこそこ名前を売れたと思う。まあ、宮崎市内の小さな飲み屋街だけでの話ですけども。
ちなみに、このときもまだ営業の仕事を兼務(笑)。さすがに出社は昼過ぎでしたが、我ながらよく身体が持ったと思いますよ。

――米穀店を辞めた理由は?

もともと「いつか東京で働いてみたい」という気持ちがありまして。地元も職場も居心地はよかったし、水商売を通じて新たな人脈も広がった。だけど20代も半ばに差し掛かり、「このまま宮崎で30歳を迎えたら、東京に行くことはないだろうな」と。あとはもっと大金をつかみたくなっていた(笑)。米穀店の月給は、バーの店長手当を含めても最後まで20万円に届きませんでしたから。それで仕事を辞め、26歳のときに上京したんです。

――上京後は?

「高給を得られる仕事を」と考え、上京してすぐ『プライスレスグループ』に入社を。新宿にある『ルネッサンス』に配属されました。
「ある程度はやれるかな」くらいには思ってたんですけど、未経験で始めたからやっぱり苦労も多くてね。中でも一番こたえたのは、当時の上司に毎晩キャバクラへ呼び出されて説教されたこと。罵声に近かったかな(笑)。でも、それには意図があったんですよ。

――どんな意図が?

当時の僕は女の子に対して“すかしてる”やつだったんですね。会話をしていてもどこか鼻につくような感じ。業態は違えど夜の店の運営に携わってきたことで「俺はデキる男だ」。ナンパの勝率も高かったし「女の子の扱いにも慣れてるぞ」みたいな。
そこで上司は“かわいいおねえちゃんたちの前で叱られる”という、男にとって最もカッコ悪いシチュエーションを用意して、傲慢で過剰な自信を崩すことにしたんでしょう。言われましたよ。「そんな姿勢じゃ女の子たちを扱うことはできない」「腹を据えて向き合わないと誰も心を開いてくれない」って。まあ、見事に鼻をへし折られました(笑)。
とはいえ、そのおかげで「過去の栄光は忘れてイチから学ぼう」って考え直せたんです。

“店長就任1年目の危機”を乗り越えグループの中核を担う存在に。未来の後輩とともに目指すは全国展開

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――仕事への意識が変わった?

変わりましたよ。まず相手の立場になって物事を考えるようになった。「女の子は悩み事を抱えてないか」とか「お客様は何を求めているのか」とかね。そして親身な対応を心掛けることで、仕事を円滑にこなせるようになりまして。態度も“俺様”じゃなくなりましたし(笑)。

――その後は?

30歳を迎える頃だったかな。店を任されることになったんです。仕事ぶりを評価してくれてのことだとは思いますけど、当時の店長が急に辞めたことも大きな理由かと。で、本部の上役が「店長やらないか?」と(笑)。
だけど前任者に信頼を寄せている女の子が多くてね。彼女たちは前任者が外れることで、次から次に辞めていっちゃって。お客様は増えていったのに、在籍数が激減したからもう必死ですよ。いろんな媒体に求人を打ち、新人を1人ひとり丁寧に教育して、なんとか1年後には落ち着きましたけど……この頃は大変だったなあ。テレビを観る暇もなくて、世間で起きている出来事を何ひとつ知らない“浦島太郎”でした(笑)。

――現在の役職と主な業務は?

グループ本部の部長として人材育成に当たっています。
今、『プライスレスグループ』は全国展開を視野に入れて、都内近県を中心に新店の立ち上げを始めているところ。そのためにも新しいスタッフの力を必要としています。やる気とチャレンジ精神があれば、経験や年齢は問いません。実績をしっかり評価する会社ですし、年功序列もない。実際、29歳の部長もいますからね。どんどん上を目指せる環境なので、やりがいはあると思いますよ。
ただ、知っておいてほしいのは「決して楽な仕事ではない」ということ。普通だったら20年かけて徐々に覚える業務スキルをギューッと凝縮して、3年、5年で身に付ける必要がある。だからこそ早い段階で高給を手にできる。そういう世界なんです。

――ちなみに今でもナンパは現役?

いやいや無理でしょ(笑)。たまにグラビアの撮影とかで、撮影現場へ女の子を連れて行くときが唯一の息抜き(笑)。
まあ、今はそれよりも仕事が一番面白いんで。今後の展開を考えたり、新しい店の方向性を練ったり……。ゆくゆくは宮崎に店舗型をオープンさせるっていう、個人的な目標もあるんですよ。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

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プライスレスグループ
職種 ナイトワーク/店舗型
地域 東京都・新宿・歌舞伎町
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