PROFESSIONAL
INTERVIEW
合同会社MOET
店長・幹部候補
水谷 幸典さん 38歳

水商売の華やかさに魅せられて舞い戻った男。千載一遇の好機をつかみ、東北の盛り場に再び立つ

水商売の華やかさに魅せられて舞い戻った男。千載一遇の好機をつかみ、東北の盛り場に再び立つ

合同会社MOET

店長・幹部候補
水谷 幸典さん 38歳
年収
600万以上
勤続年数
5年4ヶ月

京都府出身。地元の老舗和菓子店で堅実な社会人デビューを飾るも、学歴至上主義的な企業体質に見切りをつけて退職。華々しい仕事を夢見て水商売の世界に足を踏み入れる。
『合同会社MOET』入社後、グループの仙台進出を担い、現在は同社が手がけるキャバクラで店長職に就いている。
趣味は野球観戦。阪神タイガースへの愛は故郷を離れた今もなお健在とのこと。

学歴社会に打ちひしがれて老舗をあとに。“楽しくて仕方ない毎日”を教えてくれた接客業へ

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――ご出身は関西だとお聞きしました。

はい。京都の高校を卒業したあと、地元の和菓子屋で職人を。創業200年という泣く子も黙る老舗だったから、就職先を言えば近所のお母さん方からのウケも最高。まあ、部活の監督に推薦してもらってのコネ入社みたいなもんなんですけどね(笑)。
ただ老舗の洗礼に喘ぐまで時間はかからなかった。長い歴史の中でお堅い学歴社会が確立されていて、エリートでもない僕が任せてもらえるのはルーチンワークが関の山。新商品の提案を上げても、「お前のようなバカには無理だ」なんて門前払いでしたよ。

――それはモチベーションが削がれますね。

ひたすら小豆を炊くだけの毎日は耐え難く、いつしか華やかな業界への憧れが募っていって。
そんなとき、たまたま寄ったガールズバーで中学校の同級生が店長をやっていたのがきっかけで、「こういう仕事もアリかもな」って一気に興味が湧いたんです。勢いのまま、本業と掛け持ちで雇ってもらいました。もう楽しくて楽しくて。高校は男子校、就職先も年寄りだらけの環境だったのが、若い女の子に囲まれるきらびやかな生活に(笑)。そして20歳のとき、やりがいゼロなばかりか生涯年収も期待できない和菓子屋を退職して、ガールズバーの仕事に専念したんですよ。
ところが1年ほどで身体を壊してしまい、満足に業務もこなせなくなった僕はあっけなくクビに……。

――突然の解雇で苦労したのでは?

いえ、それが全然。翌日から優雅なヒモ生活が始まったので(笑)。

――(笑)。詳しい経緯を。

ちょうど同棲の話が持ち上がっていたんですけど、僕の失業で新居を借りる余裕がなくなったから、彼女の実家に転がり込ませてもらいました(笑)。
で、お小遣いをもらいながら遊びほうけていたある日、当時キャバ嬢だった彼女が「都内へ出稼ぎに行くけど、もちろん一緒に来るよね?」と僕の首根っこをつかんできて、問答無用で東京に連行されたという(笑)。

尻をたたかれヒモ卒業。コンビニ業務で活躍するも、“夜の世界”への思いが再燃

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――東京でもヒモ生活を?

さすがに長くは続かず(笑)。しびれを切らした彼女から「そろそろ働いて」とにらまれたのを機に、大手コンビニのバイトに応募したんです。そしたら面接官だったオーナーが僕の因縁のライバルで。

――因縁のライバル?

僕ね、熱心な野球ファンなんですよ。実は高校も野球の強豪校。それで履歴書の特技欄に野球って書いたらオーナーに気に入られちゃって。阪神タイガース命の僕と、大の巨人ファンである彼が、ライバル関係も忘れて意気投合。「野球好きに悪いやつはいない!」と太鼓判を押されて即採用でした(笑)。
そうそう、入社後にオーナーと賭けをしたことがありましてね、2003年のシーズンで、「阪神と巨人、どちらが優勝するか」というもの。結果はご存知の通り阪神が優勝。これは好きにさせてもらうぞーってことで、コンビニのユニフォームの上からタイガースのハッピを着て接客しました(笑)。

――かなり自由(笑)。

意外とタイガースファンのお客様が多くて、たくさん声を掛けてもらいましたね。驚いたのが、以前より僕の仕事ぶりを見てくれていた方々が、新しい就職先をあっせんしてきたこと。ガールズバー時代に得た接客の経験を早いうちから発揮していましたからね。とはいえ、誘われた仕事は軒並み営業職。興味が持てなかったので、全部お断りしました。
そうこうしているうちに、オーナーからは正社員登用の話も出てきて。

――さらなる躍進。

いや、これも蹴りました。「ここの店はお前に任せる。俺は長野に新店を構えて、大自然の中で息子にのびのび野球をやらせたい」と何度も熱弁されたものの、僕自身もうコンビニの仕事に飽きてしまっていて。
今思えば、水商売の楽しかった思い出が忘れられなかったんでしょうね。当時、夜の店を舞台にしたドラマがいくつか放映されていたのもあって、「華やかな世界に帰りたい」という思いがみるみる燃え盛っていきました。

経験を武器に、グループの発展に尽力。店を率いる今、若者へ“考動”を促すため手の内を明かす

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――その後のことを。

コンビニを退職して、再び夜の世界で働きはじめたのが24歳のときでした。ただ人生のリスタートということで気合いを入れて選んだ大手の店は、1年を待たずに辞めちゃって(笑)。
何せ売り上げても引かれるものが多すぎて利益にならない。「もう自分たちで店やったほうがよくね?」ってなって、上司や同僚と物価が安い青森で起業。で、たちまち繁盛したもんだから仙台にもオープンしたんですよ。
仕事はトントン拍子でした。ただ、同時に人間関係の溝が深まっていって……。耐えかねた僕は、京都に飛んでしまったんです。

――突然の帰郷。仕事はどうした?

京都の実家から近かった『合同会社MOET』に運良く拾われて、グループ内のキャバクラに配属されました。すっからかんで駆け込んだ僕に居場所をくれたんですから、ガールズバーのボーイや水商売の運営などの経験を活かして一生懸命働きましたよ。
そんなとき、一緒に起業した仲間があるニュースを持ってきたんです。「仙台の店、もう畳むから一緒に独立しない?」と。

――再び独立のチャンス。

でも僕は首を縦に振らなかった。すでに実力を認めてもらって、会社への恩義も強く感じていましたからね。
しかし空き店舗を遊ばせておくのも惜しい。そこで、仙台の店をそのままウチの系列店にすればいいんじゃないかと考えました。無事に上からオーケーが出て、晴れて仙台に『合同会社MOET』のキャバクラを開くに至ったんです。で、その店を僕に任せてもらえることになりましてね。まさかこういう形で東北に舞い戻ってくるとは思いもしませんでした(笑)。

――店長を務める現在。求める人材は?

ウチの会社はキャバクラ以外にもさまざまな業種を手広くやっているんですけど、いずれも機械的に業務をこなすんじゃなくて、目的を自分で考えて行動することが大事。いわば“考動”。流れ作業で満足するようなら、かつての誰かみたいに和菓子屋で小豆を炊いてりゃいいんです(笑)。
もちろん、新人がきちんと“考動”しやすいような環境を整えています。特に僕お手製の業務マニュアルは「わかりやすい」と評判(笑)。でも自身が培ってきたノウハウはもちろんのこと、若い人間の意見を積極的に取り入れてちゃんと作っているんですよ。

――“考動”。深いですね。

実は自分で考えたんです。いい言葉でしょ?
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

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合同会社MOET
職種 カンパイワーク/キャバクラ・ニュークラブ
地域 宮城県・仙台
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