PROFESSIONAL
INTERVIEW
ミレディ
店長・幹部候補
武田さん 33歳

幼少期からの度重なる苦労が男を強くした。人生を楽しむため、持ち前の根性で夜の世界を突っ走る

幼少期からの度重なる苦労が男を強くした。人生を楽しむため、持ち前の根性で夜の世界を突っ走る

ミレディ

店長・幹部候補
武田さん 33歳
年収
800万以上
勤続年数
3年0ヶ月

兵庫県神戸市出身。中学卒業と同時に飛び込んだとび職を皮切りに、キャバクラのボーイ、ラウンジの経営者を経験。幼少期から培ってきた根性で苦難を乗り越える。
その後は30歳で上京を果たし、ひょんなきっかけで知り合った『ミレディ』の社長に誘われて同店へ入社。現在は店長を務めている。
自他ともに認める無類の女好き。とはいえ、最近は結婚願望も芽生え始めているとのこと。

多難な少年時代を救ってくれた恩人との別れ。悲嘆に暮れる中で選んだのは“180度異なる夜の世界”

none
――ご出身は?

兵庫県です。30歳で上京するまでずっと神戸にいました。
とにかく少年時代は悪ガキそのもの。というのも、うちは両親が遊びほうけてほぼ家に帰らなかったから、4歳上の兄貴と寄り添うように暮らしてたんです。学校から帰宅すると、2人のメシ代としてテーブルに1,000円札が置いてあるだけ。こんな環境だったのでグレるのは既定路線でしたね(笑)。

――その後は?

運よく地元の建設会社の社長に拾われて、中学卒業と同時にとび職を。
ところが、毎日早朝から夜まで働いて日当はたったの6,000円。しかも殴る蹴るの鉄拳制裁は当たり前。正直、めちゃくちゃ過酷でした。でも「武田は根性ねえな」って思われるのはシャクだったし、中卒で親がいないも同然の僕を雇ってくれるところなんてほとんどなかったから、1日も休まず必死で働いてたんですよ。
そうしたら徐々に社長に認めてもらえるようになりまして。昔かたぎで頑固でしたけど、豪快な人でね。毎日のようにメシをごちそうしてくれたし、がんばったときは気前よく給料を跳ね上げてくれた。僕がやんちゃして補導された際には、嫌な顔1つせず身元引受人にもなってくれたっけ(笑)。
15歳で入社してから辞めるまでの5年間、公私ともに大変お世話になりましたね。

――なぜ辞めることに?

僕が20歳のときに、社長が急逝したんです……。同時に、会社も畳むことになってしまった。先輩からはほかの建設会社も紹介されたけど、もう心にポッカリと穴が開いてしまい、とび職自体を続ける気力がなくなっちゃって。

――辛いですね。

僕にとって本当の親父のような存在でしたからね……。ヤバい、思い出したら泣けてきた(笑)。
とはいえ、いつまでも落ち込んではいられなかったので、求人サイトを使って片っ端から仕事を探しました。「キャバクラのボーイ」1本に絞って(笑)。

――なぜキャバクラ?

とにかく女の子がいる職場で働きたかったから。なんせ、無類の女好きなもので(笑)。

突然訪れた経営者への道。“損して得を取る”がむしゃらな営業が功を奏して店を軌道に乗せる

none
――働くうえで戸惑いはなかった?

特になかったですね。神戸を中心に展開しているグループ店だったので、ある意味、仕事はマニュアル通り(笑)。それに、先輩に理不尽なことを言われても、これまでに培った根性で乗り切ってた(笑)。
結局2年働いて、最終的にはホール長まで任されました。で、22歳のとき、独立してラウンジを開くことになったんです。

――いきなりの急展開(笑)。

中学のときに仲がよかった友達のおじいちゃんが出資してくれましてね。なんか、土地持ちで金が余ってたらしいですよ(笑)。やっぱり、持つべきものは悪友だなと(笑)。

――経営はうまくいった?

最初から企業のお偉いさんをターゲットにした店づくりを考えてたので、そのための作戦はありました。
まずは地域の企業の人が集まるゴルフコンペや飲み会に参加して顔を売る。で、後日に手紙や電話で食事のアポを取り、そこへキレイどころのキャストを同行させる。すると「そちらの女性は誰?」ってなるんですよ。そこで間髪入れず「実はうちの店のキャストなんです。今度よかったら飲みに来てくださいね」みたいな。もちろん最初は大赤字でしたけど、損して得を取る営業が功を奏して、開店してから半年後には黒字にまで持っていけたのかな。

――それはすごい。

そこからはうまく軌道に乗りましたね。うちの場合はキャストもお客様もすべて自前で開拓してたため、この業界にありがちな他店舗からの嫌がらせも一切なかったし。あと、新店は出さずにコツコツと1店舗だけでがんばってたのもよかった。1店舗しかない分、従業員のことをしっかり把握できたので、仲間への裏切り行為みたいなことも一切ありませんでしたね。

――まさに順風満帆。

ところが、同じことを繰り返す毎日に次第に飽きてきて、店を経営したがっていたキャストにタダ同然で売っちゃったんです(笑)。
辞めてからは1年半ほどのんびりと過ごしてました。ずっと働き詰めだったから、その反動があったのかもしれません。アメ車を買ったり、旅行したり、キャバクラに行ったり。ただ、そんな生活をしてたらすぐにお金はなくなりましたね。わりと貯金はあったんだけどなあ(笑)。
で、そろそろ働こうと思った30歳のとき、上京したんです。

仕事に対する“根性”は決して時代錯誤なんかじゃない。すべては思いきり人生を楽しむために

none
――なぜ上京を?

なんとなく(笑)。東京に行けば何か楽しいことがあるかなって。
そんなとき、たまたま五反田のバーで『ミレディ』の社長と出会ったんです。すぐに意気投合して、お互いの経歴などを話しているうちに「うちで働かない?」って誘われましてね。
同じ夜の世界でもキャバクラやラウンジとはまったく業態が違うし、プライドもあって最初は断ってたんですけど、東京に来て尻込みしたと思われるのがシャクだったので働いてみることにしたんですよ。これって、最初にとび職やったときの理由と似てる(笑)。

――『ミレディ』に入社してからのことを。

正直、この業種には変な先入観があったんです。年齢が高い女性ばかりいて、店自体も汚いイメージが強くて。でも実際は全然違った。さすが渋谷だなって思いましたよ(笑)。
仕事に関しては接客が中心のホール業務。でも、すぐにキャストの管理も任されるようになりまして。僕はラウンジをやってたときからキャストの勤怠には厳しくて、理由のない遅刻や欠勤は一切許さなかった。結果的にお客様が離れていっちゃいますからね。『ミレディ』でも実践したところ、うまくハマったのか、キャストの離職率がすごく下がったんです。イコール、売上も右肩上がりに伸ばすことができた。で、それが認められて、今では店長と(笑)。
うちはキャストもスタッフも実力主義だから、結果を残せばすぐに昇給、昇格へつながるのが魅力ですね。

――そんな武田さんのモットーは?

思いきり人生を楽しむこと。
そのためには、ちゃんと働いてお金を稼がなければいけません。だから仕事をするうえで、ときには従業員を厳しく叱ることもありますが、それもすべて1人ひとりのためなんです。
最近“根性”という言葉は時代錯誤みたいな感じになってるけど、僕はどの世界においても必要不可欠だと思っています。ちょっとやってできないから辞める、叱られたから辞める、しんどいから辞める。これでは絶対に成功なんてありえませんよね。もちろん昔みたいな理不尽な根性論を振りかざすつもりはありませんが、「なにくそ」と歯を食いしばってがんばることが大事なのかなと。
「何もないけど、根性だけは誰にも負けない」という方、ぜひうちにご応募ください(笑)。

――今後の目標は?

売上を上げて、従業員みんなが幸せになれるようにすることですね。だからこそ、今後も僕は根性でがんばりますよ(笑)。
あと、個人的にはそろそろ結婚してもいいかなと。ただ、こればっかりは根性だけでは無理ですね(笑)。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

【残業なし】【交通費支給】【日払いOK】【社会保険あり】【スーツ支給】【寮完備】【週休2日制】【未経験大歓迎】【経…
ミレディ
職種 ナイトワーク/店舗型
地域 東京都・渋谷

RELATEDINTERVIEW

関連インタビュー

POPULARINTERVIEW

人気のインタビュー

インタビュー一覧に戻る
  • マイリストに追加しました

    追加したお店を見るには
    マイリスト から確認して下さい

  • 【ミレディ】の求人情報

サイトに関するご意見・ご要望

いただいたご意見への返信は行っておりません。
返信の必要な内容については、お問い合わせよりご連絡をお願いいたします。

メンズバニラへのご意見ありがとうございます。

いただきました貴重なご意見は、
メンズバニラのサービス向上に役立たせていただきます。

今後ともメンズバニラをよろしくお願いいたします。