PROFESSIONAL
INTERVIEW
BLENDA東京
店長・幹部候補
村井 賢一さん 36歳

過去最高の売上から悟った一匹狼の限界点。従業員ファーストが、新たなステージへと男を導く

過去最高の売上から悟った一匹狼の限界点。従業員ファーストが、新たなステージへと男を導く

BLENDA東京

店長・幹部候補
村井 賢一さん 36歳
年収
2,000万以上
勤続年数
10年0ヶ月

大阪府出身。高校卒業後、美容師として生計を立てるも、収入に限界を感じて独立を決意。そんな中、とあるきっかけで始めたナイトレジャーの仕事に興味を持ち、府内のデリヘル店に就職する。しかし、入社3年目に閉店。その後、現在の社長に誘われ『アインズグループ』へ。組織運営の手腕が認められ、現在は東京支社長として『BLENDA東京』を主に手がけている。
趣味は草野球とゴルフというスポーツマン。

美容師として独立を目指すさなか、“偶然踏み入った”夜の世界。高額の報酬に驚くと同時に心を動かされる

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――グループの支社長を務めているとお聞きしました。

はい。われわれ『アインズグループ』は関西エリアを中心に店舗経営をしておりましたが、このたび、全国進出に先駆けて東京に支社を構えることになりました。この『BLENDA東京』が関東の1号店となります。
それに伴い専務だった僕が、東京支社長に。まさか、こういうかたちで上京を果たすとは考えもしなかったんですが(笑)。

――ちなみにご出身は?

大阪府です。野球が盛んな地域だったので、小学校に入ったら自然と始めていて、高校3年まで野球漬けの日々。それでもプロを目指してたわけじゃなかったから、夏の甲子園の予選敗退を一区切りとして、高校卒業後は知り合いのツテで美容師になりました。

――美容師に興味があった?

ずっと坊主でしたからね(笑)。
しかも当時カリスマ美容師が流行っていたので、「カッコいいな」「なれたらいいな」というような憧れもあったんです。
でも実際になってみたら、そんなに甘くはなかったというか。

――厳しい世界だとよく聞きます。

仕事自体は本当に楽しかったし、やりがいも感じてました。だから、働きながら通信で免許も取ったし、なんだかんだで5年も勤めたし。
問題は給料。お世話になった店がそんなに大きくなかったというのもありますが、最高時で手取りが28万円。同級生からはうらやましがられたんですけど、僕はそうは思わなかった。「一人前のレベルになってこれだけ?」って。
だからこれ以上ここで働き続けても先がないと思い、ちょうど開業資金を援助してくれるという方もいたので、自分の店を開くことを決意したんです。

――20代前半で独立ですか。

いや、結局のところ開業はしてません(笑)。
というのも、美容師になってからもお客様に誘われて草野球をやってたんですが、チームにいくつも事業を営んでるやり手社長がいまして。開業を決意した時期にその方から「俺が経営している、とある店舗のスタッフをやってくれない?」と誘われたんです。それが僕のナイトレジャーデビュー。その店舗とは当時、まだメジャーではなかったデリヘルでした。
僕としては空いた時間だけ手伝っていたのでボランティアのつもりでしたが、1カ月くらい働いたときに「助かったよ」と手渡された封筒に入ってたのは、なんと50万円。「こんなに稼げる仕事なのか」と驚いたのと同時に、「もっとやってみたい」という気持ちが芽生えたんです。

大手の参入により閉店。再び独立を模索していた矢先、救いの手を差し伸べてくれたのは“一人の同業者”

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――引き続きデリヘル店で働いたと。

やっぱり金持ちになりたかった。実のところ実家が貧乏だったので、金への執着心は人一倍持ってました。だから手取りが28万円じゃ満足できなかったんですよね。
入社後はもっと稼いでやろうと必死こいてやりました。すると3カ月で店長に。

――すごいスピード出世。

美容師の頃は女性客がメインでしたから、女性とのコミュニケーションはほかのスタッフより優れてたと思います。それにデリヘルがまだ目新しい時代だったので、誰もが横一線からのスタート。しかもスタッフは僕を含めて3人だけ。それは僕が店長で決まりでしょう(笑)。
その後2年間、店の売上はずっと右肩上がりでしたね。

――順風満帆ですね。

ところが3年目に店が潰れました。

――なぜ?

需要の高まったデリヘルに大手が次々と高待遇を引っ提げて参入してきたことで、女性を奪われ、そして客も奪われ……。まあ、スタッフ3人で回してるような小規模店ですからね。どう足掻いても勝ち目はありませんでした。
ぶっちゃけ、「美容師に戻って再び開業を目指そうかな」なんて考えも浮かんだんですけど、そんなときに現『アインズグループ』の社長である北村さんに声を掛けてもらったんです。

――知り合いだった?

風俗店も店舗同士の付き合いがありまして、それは僕がいた店と『BLENDA』の間にも。当時の『BLENDA』は難波店だけでしたが、はたから見ても「勢いあるな」と思ってたんですよ。
それに北村さんのアタックが熱い熱い(笑)。何回かご飯に誘ってもらって説得されているうちに、「もう一度この業界でがんばってみよう」と心変わりしました。

――入社後は?

一番下っ端のスタッフからだったけど、曲がりなりにも同業種で店長を2年間務めていた身。正直、僕が入ったときにいた店長以下のスタッフは一瞬にして追い越せるレベルでした。仕事が遅いし、効率が悪い。だけど納得させたうえで抜きたかったから、しばらくは肩を並べて働いてたんです。
で、入社して1年くらい経ったときに店長に昇進。そこからは完全なワンマン。7、8割の業務を僕がやって、残りは部下に。そのほうが効率も売上もいいので。
まあ、部下たちはつまらなかったでしょうね。そんな体制が約2年続いて、僕が部長に昇進したときだったかな。すべての社員スタッフが辞めました。

過ちからたどり着いた境地は“従業員ファースト”。東京で成功を収め、さらなるグループの飛躍を誓う

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――どうやって店を回した?

ワンオペです。でも24時間営業なので、ずっと僕1人では回せない。睡眠を取る3時間だけ、唯一残ってくれた女性アルバイトに任せてました。それを2カ月。

――2カ月も?

で、この期間に過去最高の売上を記録するという(笑)。まあ、僕がほぼすべての業務をやったらこうなるのはハナからわかっていたことなんで。
ただ、あるとき気づいたんです。僕の能力を“自分1人で使う”より、周りに継承させて“何人も使える”ようにしたほうが会社がもっと潤うんじゃないかと。
それまでは「仕事できるのは俺だけでいい」「給料上がるのも俺だけでいい」と自己中心的な考えばかり。今思えば完全に天狗になってましたね。

――店がワンオペになるまで上司は何も?

なんだかんだ結果を出すもんだから、言えなかったんでしょう。
でも過去最高の売上を計上した月に、北村社長が「このままじゃダメだぞ」と。今まで仕事で叱られた経験がなかっただけに、さすがに考え方を変えようと決心したんです。僕の行動は部下だけじゃなく、実は上司にも迷惑を掛けていたんだなって。

――変われましたか?

はい。部下を育てて、部下の給料を上げるという“従業員ファースト”の考え方に。そうしたら自然と「自分の収入がいくらなのか」なんて気にもならなくなった。今では「俺の年収は2,000万円」と言うより、「月収100万円の部下が20人いる」と言えるほうがカッコいいと思ってます。
あと部下とのコミュニケーションを大事にするようになりました。仕事中はもちろん、参加してくれるなら会社で草野球チームを作ったり、ゴルフコンペをしたりしてるので、そこで一緒に汗を流してね。あと、ごはんにもよく連れて行くかな。
そんな感じで考えを改めたら、徐々にグループ全体の売上が上がり、それに伴って僕の役職も常務、専務と昇進。そしてつい最近、東京支社長となったわけです。

――今後の目標は?

仕事だともちろん、関東1号店である『BLENDA東京』を成功と言えるほどの店にしたい。そして、ここを足がかりに東京にもう2店舗くらい展開したのち、横浜や名古屋、福岡、札幌にも進出したいですね。
プライベートだと……そうだなあ、年々欲がなくなってきちゃってるもんで。強いて挙げるなら、そろそろゴルフで“100切り”してみたいな。ゴルフだけは僕、一般のスタッフにも負けっぱなしで(笑)。
写真・記事:メンズバニラ編集部

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職種 風俗ワーク/デリバリーヘルス
地域 東京都・渋谷
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