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INTERVIEW
31
金瓶梅
店長・幹部候補
今井 裕之さん 35歳

「漁師」と「ナイトレジャー業界」。相反する世界で大いなる飛躍を遂げた男のサクセスストーリー

「漁師」と「ナイトレジャー業界」。相反する世界で大いなる飛躍を遂げた男のサクセスストーリー

金瓶梅

店長・幹部候補
今井 裕之さん 35歳
年収
960万以上
勤続年数
1年3ヶ月

北海道出身。中学卒業と同時に漁師の道へ。己の肉体をフル活動させ20歳にして高額の年収を得る。
事故の影響で漁師引退を余儀なくさせられるも、再起を図り飛び込んだナイトレジャー業界で異例のスピード出世。現在は『金瓶梅』の統括を務める。
重役者に間違えられてしまう風貌を少し気にする謙虚なタフガイ。

20歳にして年収1,000万円超え。“たくさん稼いで豪快に遊んだ”漁師時代

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――貫録がありますがナイトレジャー業界はどれくらい?

『金瓶梅』で1年3カ月、その前の店で1年ですから、まだ2年半くらいですね。「貫録がある」ってよく言われるんですけど、見た目だけです(笑)。

――それ以前は何を?

中学を卒業して友人と一緒に漁師の世界に飛び込みました。手っ取り早く稼げるということで、当時うちの地元では漁師になる人が多かったですね。自分が取っていたのはサケとサンマで、5月から12月までがシーズン。冬の時季も漁師の仕事はあったんですけどあまりお金にならなかったので、1月から4月までは埼玉や静岡で道路工事の出稼ぎをしていましたね。

――ちなみに年収はどれくらい?

出稼ぎの給料も含めると、20歳で年収1,000万円は超えてました。ただ、肉体的にはかなりキツかったですよ。夏のサンマ漁は3日に1回は帰ってくることができたので比較的ラクでしたけど、春のサケ漁は北方領土の目の前くらいまで航海していたから長いと20日間は船上暮らし。しかも、帰ってきてもすぐにまた漁に出るという……。まあとにかく稼ぐためにがんばってました(笑)。

――20歳で高額年収。あまりお金を使う機会がなかったのでは?

いやいや、使わなきゃやってられないですよ(笑)。車買ったり、飲みに行ったり、パチンコに行ったり。パチンコなんて、1日に10万円くらい負けても全然苦にならなかったですからね。あ、あと夜の店にも使ってたな(笑)。「また来年稼げるからいいや」って、稼いだ分は全部使い切ってたので貯金なんて1円もなかったですよ。若くしていっぱい稼いでいっぱい使う。日本経済に貢献してたと思いませんか(笑)。
ただ、ちゃんと貯金してたら今頃金持ちだったんだろうなって、ふと悲しくなったりもしますけどね。

――漁師を辞めた理由は?

25歳のときの車の事故がきっかけでした。肩の骨が折れて、全身ムチ打ち状態で動けなくなってしまって。身体が資本の仕事ですから、現実的に続けていくのは無理でした。仕事が嫌になったとか、人間関係がどうこうとか、そういうものではないです。
その後は北海道でいろいろな仕事をしてたんですけど、これというものが見つからなくて惰性的な生活を送ってました。で、33歳のときに誰も知らない土地でイチからがんばろうと上京したんです。

“東京で生きていくために”ナイトレジャー業界へ。漁師時代の経験を活かして役職者へとのし上がる

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――“カバン1つで上京”のような?

本当にその言葉がぴったりでした。家もない、ツテもない、おまけに金もない。確か手元には3万円くらいしかなかったと思います(笑)。だから、学歴や経験に関係なく高収入で、寮と日払いがある仕事を片っ端から探しましたね。
そこでたまたま目に留まったのが吉原の高級店のボーイの仕事でした。これがナイトレジャー業界に足を踏み入れるきっかけですね。

――肉体労働とはまったく畑違いの業種。戸惑いは?

多少はありましたけど、そんなことも言ってられない状況でしたから、とりあえず一生懸命やってみようと。そうして自分なりにがんばって働いてたら、半年でボーイから主任へ、そこからさらに2カ月後にはマネージャーに昇格しました。

――実はナイトレジャー業界に向いていた?

どうなんでしょう(笑)。でも、男社会の漁師出身で女性と話すのは苦手だったし、パソコンを使ったことなんてなかったし、お世辞にも向いていたとは言えないですよ。
ただ、最初は教えてもらう立場ですから、矛盾すると感じたこともまずは受け入れました。そして次に自分でどうするか考えて、人に言われる前に行動する。当時は誰よりも早く出勤して自分の仕事を終わらせて、新たな仕事を教えてもらって取り組むということの繰り返しでしたね。
これは漁師時代の経験が活きているのかな。とにかく超体育会系だったから上下関係というものが身体に染みついて我慢強くなったというか。10代の頃は人にとやかく言われるとカッとなる性格だったんですけどね(笑)。
あとは仕事に対する考え方。漁師時代の先輩からは「1人がラクをするとみんなが大変になる。逆に1人ががんばればみんなのためになる。だから仕事は絶対にラクをするな」ってよく言われてたんですけど、この業界に来て本当にそのとおりだと痛感しました。まあ当時は何を言ってるんだって感じでしたけど(笑)。

――順風満帆なのに高級店を辞めた理由は?

正直これという理由はないんです(笑)。強いていうなら刺激がなかったことかな。高級店って利用する客層が限られてるので、すごく淡々と業務をこなしてたんですよ。マニュアルに沿った接客というか、とにかく何事もなく穏便に終わらせよう的な。で、自分は当時の『金瓶梅』のスタッフだった人とよく話すような関係だったんですけど、あるとき「うちにこない?」みたいな感じで誘われてあっさり移籍しました(笑)。

“度量の大きいオーナー”のおかげで刺激のある毎日。仲間意識の強さはどこの店にも負けない

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――せっかくマネージャーまで昇格したのに?

もちろん給料は下がりましたけど、迷いはなかったですね。1年間で得た経験を活かしたいという気持ちのほうが強くて。
『金瓶梅』はいわゆる大衆店なんですけど、高級店と違ってお昼の時間帯も頻繁にお客様が来られますし、客層も若い方から年配の方まで幅広い。しかも自分が話した感じや接客したキャストさんから聞く限り、遊び慣れてる人が多いんですよね。だから、接客や集客という部分ですごく刺激がありました。マニュアルに沿った営業だけではダメだぞって。

――どういうところが刺激的?

何でも挑戦することができて、それで店の売上も変動するところですね。うちのオーナーは「店のためになると思うのならやってみなさい」という考え方なので、裁量の大きい仕事ができるというか。具体的にはサイトのデザインやキャストさんの写真の見栄えをよくする方法を考えたり、イベントなどの企画を練ったり、自分がいいと思うことを自由にやらせてもらってます。
あと、オーナーが現場に足を運んでくれるから新人でも話せる機会が多いんです。これまで培ってこられたノウハウを直に知ることができるので本当に刺激がありますよ。

――いろんな意味で気合いが入りますね。

オーナーがいるからサボれないぞみたいな(笑)。でも逆に従業員の仕事を間近で見てくれるからこそ、できるやつだと思われたら出世も早い。自分も入社して1年で統括の役職をもらえましたし、年収も一気に倍近くになりましたからね(笑)。

――それは夢がありますね。

間違いないです。これから働く方はチャンスだと思いますよ。うちはやる気さえあれば学歴や年齢は一切関係ありませんから。20代、30代、40代、50代、それこそ60代でも大歓迎です(笑)。
やっぱり吉原に働きに来る人って、何かしらあると思うんですよ。だからこそ、従業員のことを間近で見てくれるオーナーがいるというのは精神的に助かるというか。変な話、自分にとっては“実の親よりも親”って感じですからね。
「せっかく『金瓶梅』に働きに来てくれたんだから、みんなで助け合ってがんばろうや」みたいな仲間意識。これだけはほかのどの店にも負けない自信がありますよ。
写真・記事:メンズバニラ編集部

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職種 ナイトワーク/店舗型
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