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INTERVIEW
夢見る乙女グループ横浜
店舗スタッフ
石原さとこさん 29歳

主力を支えるリベロでありたい。月収100万円を稼いだ元キャストが目指す、理想のポジション

主力を支えるリベロでありたい。月収100万円を稼いだ元キャストが目指す、理想のポジション

夢見る乙女グループ横浜

店舗スタッフ
石原さとこさん 29歳
年収
360万以上
勤続年数
1年4ヶ月

福島県出身。バレーボールに打ち込んだ学生時代を過ごす。
その後、大学を中退して夜の世界へ。売れっ子キャストとして活躍したのち22歳で引退。一度は飲食店に就職するも、ひょんなことから立場をスタッフに変えて風俗業界に舞い戻り、27歳のときに『夢見る乙女グループ横浜』へ入社。
趣味はサックスの演奏。ワインの試飲会巡り、ジャズダンスを経てたどり着いた、「大人の女性らしい趣味」とのこと。

バレーボール選手の道をあきらめ大学を中退。“勘当同然の立場”に追い込まれ、選んだ道は夜の世界

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――学生時代はバレーボールに打ち込んでいたとお聞きました。

はい。地域のクラブチームに所属していた姉の影響です。幼稚園児の頃から練習にくっついて行き、体育館で遊んでいるうちにサーブが打てるようになって、自然とルールも覚えて。気が付いたら自分もバレーボールを始めてました。
ただ、うちの両親が「スポーツよりも勉強」というタイプで……。高校では競技に打ち込むことを許してくれず、「やるなら無事に大学へ進んでから」と厳しく言われていたんですよ。小学生時代は福島県大会と東北大会で優勝、中学3年生のときには県の選抜メンバー入りを果たして、「次は春高だ!」って意気込んでたんですけど。

――高校では競技を続けなかった?

一応、高校の3年間もバレーボール部です。ただし弱小(笑)。学業優先の進学校だったので“スポーツに打ち込む”なんて生徒はいなかったし、全国を目指せるようなレベルじゃありませんでした。だから「大学でがんばろう」と思い、神奈川県にあるバレーボールの名門に入ったんです。身長が低いという弱点はありましたが、私のポジションはリベロ。守備が専門でプロにも小柄な選手が多いだけに、「いけるっしょ!」みたいな自信はあって。まあ……身の程知らずでしたよね(笑)。

――というと?

私の自信は中学までの実績ですから。対して、周囲は高校でさらに揉まれた全国のエリートばかり。みんな長身、リベロまで長身。「なんでだよっ!」と思いましたよ(笑)。
もちろんレベルの違いも明らか。高校まではずっとレギュラーだったのに、ベンチ入りすらできそうもない現実にぶち当たり、心が折れちゃって……。で、勝手に大学を辞めるんです(笑)。私にとっては“バレーボールをやるための大学”だったので「これ以上は通う意味がない」と感じちゃったんですよね。

――両親に相談はしなかった?

完全に事後報告。だから両親は大激怒(笑)。さらに「とにかくいったん帰ってこい」の命令を拒否したもんだから「もう勘当だ!」みたいな。すぐさま仕送りを止められて、親名義で借りていたマンションの契約も切られました(笑)。
どっちみち田舎に戻る気はなかったとはいえ、急にお金も住むところもなくなったので、手っ取り早く生活費を稼がなくちゃいけなくなって。当時住んでいた厚木市にあるピンサロのキャストとして働くことを決めたんです。

“月収100万円の売れっ子キャスト”から内勤スタッフへ。転身のきっかけは偶然の再会だった

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――抵抗はなかった?

それがあんまり(笑)。というのも、高校時代にタオルレンタルのアルバイトをしていたことがあり、風俗店のバックヤードにも出入りしていたんです。だからこういう仕事があるのは知っていて、なんとなく風俗業界の雰囲気になじみがあったというか(笑)。接客も最初は緊張しましたけど、初日から結構稼げてうれしかったし、「こういう世界があるんだ」と感じたくらいかな。

――その後は?

ピンサロを3カ月で辞めて、今度は“お姉様系”がコンセプトのデリヘルで働き始めました。20代半ばのキャストさんが多かった中で、まだ18歳だった私はレアな存在だったのか、わりと指名をいただけたんです。それで調子に乗ったつもりはないんですけど、まだ若かったし風俗の仕事をナメていたところはあったんでしょうね。あるときお客様からクレームが入ってしまい……。

――どのようなクレーム?

すごく仲のいいリピータ―さんだったので「少しくらい手を抜いても大丈夫だろう」と、おざなりのサービスに終始しちゃったんです。そして後日「あれはなんだ」とお叱りの電話を……。スタッフさんが「申し訳ありません」と頭を下げている姿を見て、「ああ、ダメなことをしたなあ」と。それ以来、“接客には一切手を抜かない”と決めてがんばりました。結局、キャストの仕事は22歳まで続けていたんですが、コンスタントに月収100万円を稼げるようになっていましたね。

――その後は内勤のスタッフに転身を?

いえ、いったん風俗業界から離れたんです。いつまでもキャストを続けられるとは思っていなかったし、お金も十分貯まったし、そろそろ一般的な仕事に就こうかなって。知人の紹介を受けて飲食店に就職しました。出勤は週に6日、月収は額面で20万円くらいだったかな。

――収入に不満はなかった?

むしろ「これが普通の会社員のお給料なんだ」って、ちょっとうれしかったですよ。一般的な社会人の一員になれた気がして、妙な充実感に浸ってました(笑)。
まあ、それも最初だけ。だんだん「なんだか割に合わなくね?」と感じるようになってきちゃった(笑)。そんなとき、デリヘル時代にお世話になったスタッフさんと、街でばったり出くわしたんです。で、キャストを引退したと伝えたら「俺、独立したんだよ。うちの店で内勤のアルバイトをしてみる?」と。この出会いが風俗店のスタッフとして働き始めるきっかけでしたね。

やりがいをもって“仕事に打ち込める環境”。目指す理想の将来像は、主力を支えるリベロのポジション

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――スタッフの仕事にやりがいを見つけた?

最初は興味本位でしたけど、お客様のご案内とか、女の子のケアとか、店舗の運営業務に関わることがだんだんおもしろくなってきて「もっと本格的に取り組みたい!」と考えるようになりました。ただ、そのスタッフさんのお店は個人経営のデリヘルで、私を正社員雇用できるほどの余裕はなかったんです。それで「女性もOK」という求人を探して、24歳のときに大手のデリヘルグループに就職を。3年ほど勤めてから『夢見る乙女グループ横浜』に転職しました。

――『夢見る乙女グループ横浜』に入社後のことを。

基本的な業務は前の職場で学べたので特に問題なく。苦労したのは横浜エリアに属する7店舗分の対応をすることですかね。それぞれ料金体系もコースも違うので、ついていくだけで精一杯。前日の予約表をチェックしてオーダーの詳細をノートに書いたり、先輩にアドバイスを求めたりして、少しずつ覚えていきました。
そんな感じで1年目を過ごし、2年目からは自主的に仕事の幅を広げて。うちの会社はまんべんなく運営に携われるので、正直、やりがいがあります。

――キャスト時代の経験は活きている?

お客様への効果的な営業の方法や、無茶な要求の断り方といったアドバイスに関しては、たぶん私が、一番近い正解を女の子たちに与えてるんじゃないかな、という自負はあります。でも接客のスタイルは人それぞれ。キャスト時代はサービスも人一倍がんばってきたつもりですが、だからといって「自分はこうだった」と押し付けたりはしません。『夢見る乙女グループ横浜』は採用基準が高いから、ルックスやプロポーションなど、私にはない武器で勝負できる女の子も多いですし。

――今後の目標は?

18歳から風俗の仕事に関わっているので、今後もこの業界で内勤を続けていくと思うんです。だからこそ、自分の勤め先が一番働きやすくて、一番もうかっている。そんなお店にしたいですね。

――スタッフとしての将来像は?

店舗運営において重要な業務の筆頭は、オーダーの成約と女の子の確保だと考えています。ただ、電話対応のエースや面接のスペシャリストになりたいと思ったことはなくて。それ以外の部分、たとえば女の子に寄り添ったケアだとか、手が足りないときのフォローだとか、主力をバックアップできる存在であり続けたい。そういうポジションは、私が一番向いてるんじゃないかな……って。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

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夢見る乙女グループ横浜
職種 ナイトワーク/無店舗型
地域 神奈川県・横浜
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