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熊本2980円
田原さん 24歳
店舗スタッフ
年収600万円以上
勤続年数0年6ヶ月
“陰キャ”の少年がナイトワークで手にした自信。最高の環境でこれからも自分をアップデートする
“今と真逆”だった学生時代。卒業後は希望の職に就くも、パワハラと薄給に耐えかねて退職
――ご出身は?
山口県です。高校を卒業するまで住んでいました。まあ、ご想像通り、なかなかの田舎でしたね(笑)。
――学生生活の思い出は?
いやあ、あんまり記憶がなくて……。というのも、当時はクラスの端っこにいるような大人しい子だったんですよ。人と関わることが苦手で、友だちも少なくて。おまけに見た目にも無頓着で、高校卒業するまで髪すらセットしたことがありませんでした。いわゆる“陰キャ”ってヤツですね(笑)。
――現在の田原さんの雰囲気からは想像がつきません。
6時間目まで誰ともしゃべらない日もあったし、制服以外はだいたいスウェットで過ごしていたし……。ほんと、自分でも思いますよ。今と真逆だなって(笑)。
とまあそういう学生時代を経て、卒業後は福岡県の北部にある自動車工場に就職を。小さい頃から車が好きで、中学生のときには、もう「将来は自動車関係の仕事に就くんだ」って決めていたんです。だから進学先も自動車科のある高校を選んだし、希望していた企業に就職することができてうれしかったですね。まあこの街もなかなかの田舎でしたけど(笑)。
――(笑)。仕事内容は車の製造に関わること全般?
はい。パーツの組み立てや溶接から、不備のチェックまで。相変わらず人と話すことが得意ではなかったので、独りで黙々とできる作業は好きでしたね。
ただ、労働環境は最悪で……。
――というと?
上司がいわゆるパワハラ系だったんです。教えられていないことを急にやれと言われて、できなかったら怒鳴る、みたいな。「習うより慣れろ」の空気感で、教育制度みたいなものは存在しませんでした。
それに給料も月に20万円弱と、そんなに高くなかったし……。自分で希望して決めた進路ですけど、実際働き始めたらしんどいことのほうが多くて、同僚とよく「辞めたい」って愚痴り合っていましたね(笑)。
――実際に退職されたのはいつ頃だったんですか?
決定機になったのは入社5年目。昇格して役職がつき、「どれくらい昇給するんだろう」と思ってワクワクで給与明細を見たら、額がぜんぜん変わってなくて。環境も悪い、お金ももらえないんだったらこれ以上いても仕方ないと思い、このタイミングで辞めました。
山口県です。高校を卒業するまで住んでいました。まあ、ご想像通り、なかなかの田舎でしたね(笑)。
――学生生活の思い出は?
いやあ、あんまり記憶がなくて……。というのも、当時はクラスの端っこにいるような大人しい子だったんですよ。人と関わることが苦手で、友だちも少なくて。おまけに見た目にも無頓着で、高校卒業するまで髪すらセットしたことがありませんでした。いわゆる“陰キャ”ってヤツですね(笑)。
――現在の田原さんの雰囲気からは想像がつきません。
6時間目まで誰ともしゃべらない日もあったし、制服以外はだいたいスウェットで過ごしていたし……。ほんと、自分でも思いますよ。今と真逆だなって(笑)。
とまあそういう学生時代を経て、卒業後は福岡県の北部にある自動車工場に就職を。小さい頃から車が好きで、中学生のときには、もう「将来は自動車関係の仕事に就くんだ」って決めていたんです。だから進学先も自動車科のある高校を選んだし、希望していた企業に就職することができてうれしかったですね。まあこの街もなかなかの田舎でしたけど(笑)。
――(笑)。仕事内容は車の製造に関わること全般?
はい。パーツの組み立てや溶接から、不備のチェックまで。相変わらず人と話すことが得意ではなかったので、独りで黙々とできる作業は好きでしたね。
ただ、労働環境は最悪で……。
――というと?
上司がいわゆるパワハラ系だったんです。教えられていないことを急にやれと言われて、できなかったら怒鳴る、みたいな。「習うより慣れろ」の空気感で、教育制度みたいなものは存在しませんでした。
それに給料も月に20万円弱と、そんなに高くなかったし……。自分で希望して決めた進路ですけど、実際働き始めたらしんどいことのほうが多くて、同僚とよく「辞めたい」って愚痴り合っていましたね(笑)。
――実際に退職されたのはいつ頃だったんですか?
決定機になったのは入社5年目。昇格して役職がつき、「どれくらい昇給するんだろう」と思ってワクワクで給与明細を見たら、額がぜんぜん変わってなくて。環境も悪い、お金ももらえないんだったらこれ以上いても仕方ないと思い、このタイミングで辞めました。
一歩を踏み出すなら今しかない。内気だった青年は、引っ越しを機に“あこがれのナイトワーク”へ
――退職後は何を?
福岡市に引っ越しました。これまで田舎にしか住んだことがなかったので、一度くらいは都会で働いてみたくて。いい機会だと思ったんです。
それと前職は給料に不満があったから、せっかくなら高収入な仕事をしようと考えて、中洲でキャバクラのボーイを始めました。
――人と話すことが苦手だったという田原さんが、接客業へ?
実はずっと、「ギラギラした夜の世界」への憧れがあったんです。昔から大ファンのカリスマホストがいて、僕もあんなふうになりたいなと。でも、目立つことが苦手なコミュ障の僕には無理だろうと、どこかで諦めてました。自分に自信がなかったんですよね。
だけど、せっかく都会に出てきて繁華街が近くにあるんだから、一歩踏み出すなら今しかない、と。ただ、初めてのナイトワークでホストを選ぶ勇気はなく(笑)。それで裏方の仕事を選んだんです。
――未知の世界だけに苦労もあったのでは。
はい。毎日多くの人と話す経験なんて初めてなので、緊張しちゃって言葉が出てこないことも。でも、先輩方が優しくて常にフォローやサポートをしてくれたから続けられました。
ちなみに夜の世界って、なんとなく人が怖いイメージがあったんですけど、働いてみたら真逆。みんな仲良くて、明るくて。工場より何倍も働きやすかったですね(笑)。
――良好な職場環境だったと。
思い切って転職してよかったです。
で、1年も経つと、人と接することへの苦手意識がなくなってきて。「お客様に見られる仕事だから」と、見た目にもどんどん気を遣うように。内面や外見が変わると、自信もついてくるもんですね。「もっと目立ちたい!」と思うようになり、ついにホストデビューを。
――憧れのステージに。
楽しかったですね。それなりにお客さんもついて、人生初のモテ期みたいな感覚(笑)。初めてシャンパンをオーダーしてもらったときのうれしさは、今でも忘れません。
まあ、半年で辞めちゃったんですけど……。
――いったいなぜ?
僕、お酒弱いんです。
よく考えたら、酒が飲めないのにホストなんて無謀だったなと思いますけど、当時の僕はキラキラしたくてそんなこと考えてもなかった(笑)。案の定、店で潰れたり体調を崩したりすることが何度もあって……。向いてなかったなとすぐに自覚しました。
でも、昔は無理だと諦めていた世界で働くことができて、すごく自信にはなりました。一歩踏み出せば変われるんだと。
福岡市に引っ越しました。これまで田舎にしか住んだことがなかったので、一度くらいは都会で働いてみたくて。いい機会だと思ったんです。
それと前職は給料に不満があったから、せっかくなら高収入な仕事をしようと考えて、中洲でキャバクラのボーイを始めました。
――人と話すことが苦手だったという田原さんが、接客業へ?
実はずっと、「ギラギラした夜の世界」への憧れがあったんです。昔から大ファンのカリスマホストがいて、僕もあんなふうになりたいなと。でも、目立つことが苦手なコミュ障の僕には無理だろうと、どこかで諦めてました。自分に自信がなかったんですよね。
だけど、せっかく都会に出てきて繁華街が近くにあるんだから、一歩踏み出すなら今しかない、と。ただ、初めてのナイトワークでホストを選ぶ勇気はなく(笑)。それで裏方の仕事を選んだんです。
――未知の世界だけに苦労もあったのでは。
はい。毎日多くの人と話す経験なんて初めてなので、緊張しちゃって言葉が出てこないことも。でも、先輩方が優しくて常にフォローやサポートをしてくれたから続けられました。
ちなみに夜の世界って、なんとなく人が怖いイメージがあったんですけど、働いてみたら真逆。みんな仲良くて、明るくて。工場より何倍も働きやすかったですね(笑)。
――良好な職場環境だったと。
思い切って転職してよかったです。
で、1年も経つと、人と接することへの苦手意識がなくなってきて。「お客様に見られる仕事だから」と、見た目にもどんどん気を遣うように。内面や外見が変わると、自信もついてくるもんですね。「もっと目立ちたい!」と思うようになり、ついにホストデビューを。
――憧れのステージに。
楽しかったですね。それなりにお客さんもついて、人生初のモテ期みたいな感覚(笑)。初めてシャンパンをオーダーしてもらったときのうれしさは、今でも忘れません。
まあ、半年で辞めちゃったんですけど……。
――いったいなぜ?
僕、お酒弱いんです。
よく考えたら、酒が飲めないのにホストなんて無謀だったなと思いますけど、当時の僕はキラキラしたくてそんなこと考えてもなかった(笑)。案の定、店で潰れたり体調を崩したりすることが何度もあって……。向いてなかったなとすぐに自覚しました。
でも、昔は無理だと諦めていた世界で働くことができて、すごく自信にはなりました。一歩踏み出せば変われるんだと。
人間関係も労働環境も、圧倒的に一番。この“最高の職場”で、自信もキャリアも積み上げていく
――ナイトワークが田原さんを成長させてくれた。
そうですね。昔の自分じゃ考えられない。だから次もナイトレジャー業界で働こうと考えて。キャバクラ、ホストと来たら次は風俗店のスタッフかなと。
でも正直、風俗店にはもっと「人が怖い」っていうイメージを持っていたので、とにかく「安心できる店」を軸に店探しを。その中でも『2980円』を運営する『ハピネスグループ』の求人が、圧倒的に雰囲気がよいと感じたんです。
――どんなところが?
求人ページにスタッフさんたちの写真が掲載されていたんですけど、その表情がどれも明るくて、とても楽しそうで、すごく仲がよさそうで。前職までの経験から、一緒に働く人との関係性って大事だと感じたので『ハピネスグループ』のはつらつとしたスタッフさんたちの様子を見て「ここだな」と思ったんです。それで面接を受けに行き、『2980円』の中洲店で働き始めました。
――実際に入社してみていかがでしたか。
いやもう、最高です。みんなめちゃめちゃ明るくて接しやすくて、人間関係はこれまでの職場の中で圧倒的に一番です。
それに労働環境も最高。最初は全然仕事を覚えられなくて、何度も何度も同じことを聞いていたんですが、誰に聞いても嫌な顔ひとつせず丁寧に教えてくれる。「まだ覚えられないの?」みたいな扱いを受けることもないので、「わからなかったら聞けばいいからまずやってみよう」と思える。おかげで、より積極的に仕事に取り組めるようになりましたし、できたときは褒めてくださるので、ますます自信につながっています。
――素敵な環境ですね。現在の勤め先である熊本店へはいつ頃?
今年4月のオープンと同時です。最初はヘルプとして中洲と熊本の店舗を行ったり来たりしていましたが、今は熊本中心に勤務しています。
僕、まだ入社6カ月なんですが、働き始めて数カ月で新店舗オープンに関わることができたのは素直にうれしいですね。中洲店の雰囲気のよさを熊本にも普及させなきゃ、という責任を感じています。新人が偉そうにすみません(笑)。
――社歴に関わらず、しっかりお店の運営に関わっていけることの証左だと思います。
確かにそうですね。僕みたいに社歴が浅くても未経験でも、全員で協力し合えるお店なので本当に働きやすいです。未来の後輩にも、そういう雰囲気を伝えられたらいいな。最高の環境で、今後もがんばります!
そうですね。昔の自分じゃ考えられない。だから次もナイトレジャー業界で働こうと考えて。キャバクラ、ホストと来たら次は風俗店のスタッフかなと。
でも正直、風俗店にはもっと「人が怖い」っていうイメージを持っていたので、とにかく「安心できる店」を軸に店探しを。その中でも『2980円』を運営する『ハピネスグループ』の求人が、圧倒的に雰囲気がよいと感じたんです。
――どんなところが?
求人ページにスタッフさんたちの写真が掲載されていたんですけど、その表情がどれも明るくて、とても楽しそうで、すごく仲がよさそうで。前職までの経験から、一緒に働く人との関係性って大事だと感じたので『ハピネスグループ』のはつらつとしたスタッフさんたちの様子を見て「ここだな」と思ったんです。それで面接を受けに行き、『2980円』の中洲店で働き始めました。
――実際に入社してみていかがでしたか。
いやもう、最高です。みんなめちゃめちゃ明るくて接しやすくて、人間関係はこれまでの職場の中で圧倒的に一番です。
それに労働環境も最高。最初は全然仕事を覚えられなくて、何度も何度も同じことを聞いていたんですが、誰に聞いても嫌な顔ひとつせず丁寧に教えてくれる。「まだ覚えられないの?」みたいな扱いを受けることもないので、「わからなかったら聞けばいいからまずやってみよう」と思える。おかげで、より積極的に仕事に取り組めるようになりましたし、できたときは褒めてくださるので、ますます自信につながっています。
――素敵な環境ですね。現在の勤め先である熊本店へはいつ頃?
今年4月のオープンと同時です。最初はヘルプとして中洲と熊本の店舗を行ったり来たりしていましたが、今は熊本中心に勤務しています。
僕、まだ入社6カ月なんですが、働き始めて数カ月で新店舗オープンに関わることができたのは素直にうれしいですね。中洲店の雰囲気のよさを熊本にも普及させなきゃ、という責任を感じています。新人が偉そうにすみません(笑)。
――社歴に関わらず、しっかりお店の運営に関わっていけることの証左だと思います。
確かにそうですね。僕みたいに社歴が浅くても未経験でも、全員で協力し合えるお店なので本当に働きやすいです。未来の後輩にも、そういう雰囲気を伝えられたらいいな。最高の環境で、今後もがんばります!
写真・記事:メンズバニラ編集部
店舗スタッフ
田原さん 24歳
年収600万円以上
勤続年数0年6ヶ月
山口県出身。地元の工業高校を卒業後は、福岡県北部にある自動車製造工場で働いていた。5年ほど勤めたのち退職し、転居先の福岡市でナイトワークに出会う。キャバクラのボーイやホストクラブのキャストを経て『2980円』へ。現在は系列の熊本店を中心に勤務している。
欲しい物は、憧れのミュージシャンがプロデュースする高級アクセサリー。「このために貯金をがんばっています!」と笑顔を見せる。
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