――ご出身は?
生まれも育ちも東京です。中学生まではサッカーに夢中なスポーツ少年だったんですが、高校生の頃にはすっかり遊びの誘惑に負けちゃって。大学の付属校で、ほぼエスカレーターで進学できたから、余計に勉強はしなかった(笑)。それが原因でクラスからは浮いちゃったんですけどね。
――というのは?
周りは親が医者だとか社長だとか、すごい家庭環境の子ばかり。もう血眼で勉強してるんですよね。「たまには息抜きに遊び行こうぜ」なんて、誘ってもノッてこず、気付けば自分だけクラスでポツン。それは大学に進学しても変わらずで、周りの真面目さについていけなくなって、学校へは気が向いたときにしか行きませんでした。
――大学に行かないで何を?
テレビ局でアルバイトを。ADとして働いていた先輩に誘われて、「絶対、そっちのほうが面白そう」と二つ返事。
仕事は現場の雑務から、編集の手伝いやらなにやら、とにかくなんでも。朝に収録したものを翌日までには編集して放送しないといけないから、何日も缶詰めになって作業することも。だけどそんな日々がすごく楽しかったんですよね。机に向かって勉強しているだけじゃ味わえないことがたくさん。自分の性に合っているんだなと、大学を卒業するまで続けていました。
――卒業後は、そのままテレビ局へ?
と、思うじゃないですか? バイトで稼いだお金がたんまりあったので、卒業を機に海外を回ることにしたんですよ。もちろん理由は「面白そうだから」(笑)。
――(笑)。ちなみに、どこの国へ?
ピラミッドが見たいと思ってエジプトに行ったり、マカオのカジノに行ったり、本当に目的もなくたださすらう旅。ビザが切れかけて慌てて帰国したり、謎の腹痛で寝込んだりもしたな。
で、旅をしてわかったのは、言葉は通じなくても、ボディランゲージで誰とだって仲良くなれるってこと。ある国で数人の現地人に囲まれて、危ない目に遭いそうになったときも、日本のアニメキャラのモノマネをしたら「ニンジャ!」と面白がられて意気投合しましたから(笑)。
――(笑)。それはすごい経験ですね。
はい。だけど、3年ほど経ったとき、コロナが蔓延して帰国せざるを得ない状況に。それで日本に戻ると緊急事態宣言の真っ只中。就ける仕事もなく、少しずつ減っていく貯金を見てさすがに焦りました。
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OKINI東京
矢野さん 31歳
店長・幹部候補
年収800万円以上
勤続年数4年0ヶ月
失敗も学びに変える。スーパーポジティブに生きてきた男が夜の世界で手に入れた成長と自信
勉強そっちのけでアルバイト、大学卒業後は海外放浪。“ポジティブ”に男は人生を謳歌する
“ポジティブ精神が逆効果”に。これまでの経験が通用しない世界が男をさらに成長させた
――大変な時期でしたからね……。
そうしてバイト1つも見つけられないまま、ギリギリで食いつないでいくうちに、少しずつコロナ禍も収束。職探しを再開したのですが、世間から見たら、僕はただ海外を旅してただけの職歴のない男。書類審査を通過するのにも、結構苦労していました。
そんなとき、『Okini東京』で働いていた知人が「うちに来ない?」と誘ってくれまして。調べてみると、何店舗も経営している大きなグループ。夜の店で遊んだ経験も、専門知識も、これといったスキルもなかったけど、「こんな僕を雇ってくれるなら」と、入社したい旨を伝えました。
――入社後のことを。
未知の世界で働くというのは、新鮮で刺激的でした。最初はお客様の電話対応が主な業務だったのですが、ピーク時なんてひっきりなしに掛かってくるし、「予約状況を確認して、配車の連絡をして」とマルチタスクをしながら受け答えするので、なかなかついていけなかったものの、多忙だったテレビ局時代のように、不思議と充実していました。
新鮮といえば、キャストさんの対応も。うまくいかなかったこともありましたが、それもまた楽しさの1つだなと感じましたね。
――ちなみに、うまくいかなかったこととは?
この性格が災いして、煙たがられてしまったといいますか。
これまでの僕は「とにかく楽しむ」「明るく過ごしてれば、なんとかなる」という、良く言えばポジティブ精神で過ごしてきたし、仕事は頑張るのが当たり前だと思っていた。そうして物事がうまく運んだり、お金を稼いだりしてきた経験があったから、キャストさんたちにも同じスタンスで接していました。例えば、休みがちな子には「自分のためじゃないか、もっと頑張ろう!」とか。お恥ずかしい話、僕が原因で辞めてしまった子がいると知ったときに、ようやくその考えが間違っていたことに気づいたんです。
――その後はどのような対応に変わりましたか?
自分の考えを押し付けず、相手の目線に立つ、寄り添う、意見を尊重する。そういう接し方に変えました。
さっきお話しした“休みがちの子”であれば、「無理しないで、いいんだよ」と、出勤できなくなった状況を慮ってあげる。もちろん、ただ甘やかすわけではなく、シフトに穴をあけるデメリットも正直に伝える。そうして、しっかり向き合うようになってから、少しずつ距離も縮まっていったと思います。
そうしてバイト1つも見つけられないまま、ギリギリで食いつないでいくうちに、少しずつコロナ禍も収束。職探しを再開したのですが、世間から見たら、僕はただ海外を旅してただけの職歴のない男。書類審査を通過するのにも、結構苦労していました。
そんなとき、『Okini東京』で働いていた知人が「うちに来ない?」と誘ってくれまして。調べてみると、何店舗も経営している大きなグループ。夜の店で遊んだ経験も、専門知識も、これといったスキルもなかったけど、「こんな僕を雇ってくれるなら」と、入社したい旨を伝えました。
――入社後のことを。
未知の世界で働くというのは、新鮮で刺激的でした。最初はお客様の電話対応が主な業務だったのですが、ピーク時なんてひっきりなしに掛かってくるし、「予約状況を確認して、配車の連絡をして」とマルチタスクをしながら受け答えするので、なかなかついていけなかったものの、多忙だったテレビ局時代のように、不思議と充実していました。
新鮮といえば、キャストさんの対応も。うまくいかなかったこともありましたが、それもまた楽しさの1つだなと感じましたね。
――ちなみに、うまくいかなかったこととは?
この性格が災いして、煙たがられてしまったといいますか。
これまでの僕は「とにかく楽しむ」「明るく過ごしてれば、なんとかなる」という、良く言えばポジティブ精神で過ごしてきたし、仕事は頑張るのが当たり前だと思っていた。そうして物事がうまく運んだり、お金を稼いだりしてきた経験があったから、キャストさんたちにも同じスタンスで接していました。例えば、休みがちな子には「自分のためじゃないか、もっと頑張ろう!」とか。お恥ずかしい話、僕が原因で辞めてしまった子がいると知ったときに、ようやくその考えが間違っていたことに気づいたんです。
――その後はどのような対応に変わりましたか?
自分の考えを押し付けず、相手の目線に立つ、寄り添う、意見を尊重する。そういう接し方に変えました。
さっきお話しした“休みがちの子”であれば、「無理しないで、いいんだよ」と、出勤できなくなった状況を慮ってあげる。もちろん、ただ甘やかすわけではなく、シフトに穴をあけるデメリットも正直に伝える。そうして、しっかり向き合うようになってから、少しずつ距離も縮まっていったと思います。
言葉1つで、人の心は動かせる。“スーパーポジティブ店長”は今日もエールを送り続ける
――矢野さんが仕事にのぞむうえで心掛けていることは?
やはり「自分の言動に責任を持つ」ですかね。自分の発言1つで相手の心が変わってしまう。純粋に「応援したい」というポジティブな気持ちが、プレッシャーを与えてしまう場合がある。逆に言えば、人の心を良い方向にも動かすこともできる。キャストさんとも、スタッフとも、なによりもお客様とも、たくさん関わりのある仕事だからこそ、言葉の重みを痛感しましたね。いや本当、人生って学ぶことが多い(笑)。
――そして現在は店長に。役職が上がったことでなにか変わったことは?
まだ店長になって数カ月ほど。個人的にはそこまで何かが大きく変わったとかはないんですよね(笑)。
ただ、より一層、周りに気を配るようになったし、より一層、スタッフやキャストさんとコミュニケーションをとるようになったかな。店舗の責任者になった以上、「従業員の人生を預かっている」くらいの覚悟で臨んでいますので、「みんなが安定した仕事をして、前向きに働けるよう」にと、心構えは変わったかもしれませんね。
――今後の目標をお聞かせください。
たくさんありますよ。まずは、『Okini東京』をグループのトップにしたいです。そのためにはキャストさんをどんどん増やして、もっとお客様に満足していただけるような店にしていきたいです。
あと、個人的にもう1つ。“日本で一番ポジティブな店長”を目指したいです!(笑)。
――きっと矢野さんならなれると思います。
ありがとうございます(笑)。
僕、みんなに少しでも「人生ってきっとなんとかなる!」って伝えたいんですよね。困ったり悩んだり不安になったり、何かしらの壁にぶち当たったときに、「もうダメだ」じゃなくて「なんとかなる」の気持ちでいたほうがいいよって。実際、ふらふらと遊び歩いて、まともな仕事に就けるかどうかも怪しかったこの僕が、ちゃんとした社会人になったどころか、店長にまでなれたのだから。
――では、そんな“ポジティブ店長”が求める人材像は。
強いていうなら、「なにか1つでもいいから、打ち込んでみたい」と思う人ですかね。ちょっとでもいいから「よし、やってやる」という気持ちがあれば大歓迎。もちろん職歴や学歴、業界経験は問いません。アットホームさ、雰囲気のよさ、明るさにはすっごく自信があります(笑)。ぜひお待ちしております。
やはり「自分の言動に責任を持つ」ですかね。自分の発言1つで相手の心が変わってしまう。純粋に「応援したい」というポジティブな気持ちが、プレッシャーを与えてしまう場合がある。逆に言えば、人の心を良い方向にも動かすこともできる。キャストさんとも、スタッフとも、なによりもお客様とも、たくさん関わりのある仕事だからこそ、言葉の重みを痛感しましたね。いや本当、人生って学ぶことが多い(笑)。
――そして現在は店長に。役職が上がったことでなにか変わったことは?
まだ店長になって数カ月ほど。個人的にはそこまで何かが大きく変わったとかはないんですよね(笑)。
ただ、より一層、周りに気を配るようになったし、より一層、スタッフやキャストさんとコミュニケーションをとるようになったかな。店舗の責任者になった以上、「従業員の人生を預かっている」くらいの覚悟で臨んでいますので、「みんなが安定した仕事をして、前向きに働けるよう」にと、心構えは変わったかもしれませんね。
――今後の目標をお聞かせください。
たくさんありますよ。まずは、『Okini東京』をグループのトップにしたいです。そのためにはキャストさんをどんどん増やして、もっとお客様に満足していただけるような店にしていきたいです。
あと、個人的にもう1つ。“日本で一番ポジティブな店長”を目指したいです!(笑)。
――きっと矢野さんならなれると思います。
ありがとうございます(笑)。
僕、みんなに少しでも「人生ってきっとなんとかなる!」って伝えたいんですよね。困ったり悩んだり不安になったり、何かしらの壁にぶち当たったときに、「もうダメだ」じゃなくて「なんとかなる」の気持ちでいたほうがいいよって。実際、ふらふらと遊び歩いて、まともな仕事に就けるかどうかも怪しかったこの僕が、ちゃんとした社会人になったどころか、店長にまでなれたのだから。
――では、そんな“ポジティブ店長”が求める人材像は。
強いていうなら、「なにか1つでもいいから、打ち込んでみたい」と思う人ですかね。ちょっとでもいいから「よし、やってやる」という気持ちがあれば大歓迎。もちろん職歴や学歴、業界経験は問いません。アットホームさ、雰囲気のよさ、明るさにはすっごく自信があります(笑)。ぜひお待ちしております。
写真・記事:メンズバニラ編集部
店長・幹部候補
矢野さん 31歳
年収800万円以上
勤続年数4年0ヶ月
東京都出身。大学卒業後に、海外へ放浪の旅に出る。さまざまな国を渡り歩き、コロナ禍の影響で帰国。その後、知人の紹介で『Okini東京』へ入社。キャスト対応に四苦八苦するも、相手に寄り添いながら少しずつ解決。現在は店長として、周囲への気配りやコミュニケーションを大切に、日々の業務に励んでいる。
性格は“スーパーポジティブ”。私生活も仕事も、明るく楽しく生きることに全力投球。
矢野さんがはたらく会社の求人募集情報
リアル給与明細
店舗スタッフ
職位
店舗スタッフ
年齢
29歳
勤続期間
1年 2ヶ月
-
合計320,000円
-
基本給320,000円
送迎ドライバー
職位
ドライバー
年齢
27歳
勤続期間
1年
-
合計310,000円
-
ガソリン代40,000円
-
週5270,000円
電話応募について
メンズバニラ限定特典
ドライバーから幹部候補まで【高条件】
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08048926228
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