PROFESSIONAL
INTERVIEW
ハピネス&ドリーム福岡
店長・幹部候補
寺井健太さん 30歳

周りの人に支えられ、ここまで来た。受けた恩を返すため、今度は仲間の活躍を後押しする

周りの人に支えられ、ここまで来た。受けた恩を返すため、今度は仲間の活躍を後押しする

ハピネス&ドリーム福岡

店長・幹部候補
寺井健太さん 30歳
年収
500万以上
勤続年数
3年0ヶ月

埼玉県和光市出身。高校へ進学するもアルバイトを優先すべく、2年時に中退。新聞販売店で5年間勤務したのち、23歳で『ハピネス東京』へ。3ヵ月後には系列店の『ハピネス水戸』でも経験を積む。
その後は一度離職するものの、27歳のときに『ハピネス&ドリーム福岡』へ復職。入社3年目の現在は持ち前の積極性を評価され、主任として活躍する。
「毎日3食でも飽きることはない」ほど、大の天津飯好き。

高校を中退し、17歳で月収30万円以上の生活。“なんとなくの興味”をきっかけに、夜の世界へ身を投じる

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――幼少期はどんなお子さんでしたか?

「とにかく働きたい」って、そればかり考えていましたね。ウチの親、小遣いくれなかったんですよ。それで高校入学後は時給の高さで選んだアルバイトを4つ掛け持ちすることに。

――かなりの数のアルバイトを。

朝は新聞の配達。昼はピザのデリバリーの仕事があるので、体調不良とウソをついて学校を早退。そのまま夜は居酒屋やガソリンスタンドといった感じで、1日中働き詰めでした。
当然出席日数は足りないし、1年生の後半にはバイトが学校にバレて、先生たちから大目玉を食らいましたね(笑)。
まあそれでも進級はできたのですが、もっと金を稼ぎたかったので、結局、学校を辞めたんです。

――当時でも充分稼げていたのでは?

全部合わせて月に30万円くらいだったかな。高校生にしたらとんでもない大金ですよね。だから金銭感覚がおかしくなっちゃって。「欲しいものは即買い」みたいな感じだったので、いつもあっという間に無一文になっていました。
で、高校中退後は、正社員のお誘いがあった新聞販売店に就職を。今までの朝刊に加えて、夕刊の配達や集金、あとは新聞購読の営業とかも担当して、バイトを掛け持ちしていた頃よりずっと稼げるようになったんです。

――順風満帆なイメージ。

僕もそう思っていました。でもそんな生活を6年ほど続けているうちに、スマートフォンの影響で新聞がどんどん売れなくなってしまって……。営業ノルマのハードルが上がっていく一方で、給料は下がり始めたので、辞めることにしたんです。
そのあとに入ったのが『ハピネス東京』ですね。

――入社までの経緯を。

高収入の仕事を探していて、たまたま『ハピネス東京』を見つけたときに、「風俗店で働く人ってどんな感じなんだろう」となんとなく興味が湧いたんです。それでとりあえず面接を受けてみるかと。
幸い、即日で内定をもらえました。そこで地元の埼玉を出て、東京に住む姉の家で居候をしながら働くことに。まあ3カ月で追い出されたんですが。

人に恵まれた環境を2年で退職。“後悔の日々と店長の存在”が「もう一度」の思いに拍車をかける

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――何かあったんですか?

急に姉の結婚が決まって家を引き払うことになったんです。本当はそのまま住みたかったんですけど、家賃が結構高かったので出ていかざるを得なくて……。
で、その話を店長にしたときに「もしよかったら水戸店に寮の空きがあるから行ってみない? ちょうどヘルプも必要だったし」と『ハピネス水戸』への異動を提案してもらい、二つ返事で茨城へ。無事に入寮もできました。

――その後は?

そんな感じでバタバタとスタートした『ハピネス水戸』での生活ですが、周りの先輩スタッフがすごく気にかけてくれたので、思いのほか結構楽しかったんです。
中でも店長が本当にいい人でした。まだ仕事に慣れていない僕の横にいつも付き添ってフォローしてくれたり、退勤後は美味しいご飯屋さんにも連れて行ってくれたりして。おかげですぐに馴染むことができました。
ただ、2年経った頃に辞めちゃうんです。それもたいしたことない理由で。

――その理由とは?

ふといろんなことに“疲れた”んです。自分で望んだとはいえ16歳の頃から毎日働き詰めだったので、仕事に対するスイッチみたいなものが切れちゃったのかもしれません。急に「もういいや」みたいなテンションに。
店のメンバーも「辞めるなよ」と言ってくれたんですけど、その制止を振り切ってしまいました。

――勿体ない気がします。

いや、まさにその通りなんですよ。しばらくしてから「なぜあんな早まった決断をしたんだろう」と後悔しました。
それに店を辞めてからもずっと水戸の店長が連絡をくれていたので、余計に申し訳ない気持ちになっちゃって。

――店長さんが気にかけてくれていた。

そうですね。お互いの近況を話したり、ご飯に誘ってくれたり。その度に「また一緒に働こうよ」とか「戻ってくるなら、また俺が面倒を見るよ」って声を掛けてくれていて。そんな付き合いが1年ほど続いた頃ですね。やっぱり店に戻りたいと思ったのは。
とはいえ、自分から出て行って「またお願いします」だなんて身勝手な話なので、改めてネットで応募して面接を受けて。それで今の『ハピネス&ドリーム福岡』で働くことが決まりました。

自信の成長を求めたリスタート。“受けた恩を返す”ため、仲間のやる気を後押しする存在を目指す

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――『ハピネス水戸』へは戻らなかった?

最終面接で社長とお会いした際に「水戸の店長から話は聞いていたよ。これからがんばってね」と期待していただき、配属されたのが『ハピネス&ドリーム福岡』だったんです。またとない復職のチャンスをもらえたことがうれしかったですし「今までのように店長に甘えるわけにはいかない。これからは一人で勉強し直さなきゃ」とも思ったので、あえて水戸店は復職先の選択肢から外しました。

――そうして3年。現在の寺井さんの立ち位置は?

接客や女の子対応などの基本的な仕事に加えて、これからは売上の管理や後輩スタッフの教育も。実はつい先日、主任に昇格したばかりなんですよ。

――おめでとうございます!

正直なところ、これといった功績はないんですけどね(笑)。ただ真面目に、積極的にがんばってきた。それをきっと先輩たちが見てくれていたのかな。「寺井、がんばっていますよ!」と上層部の方々に猛プッシュしてくれたんです。本当、皆さんのおかげですよ。

――信頼されているんですね。

されているというよりは“してくれる”の方が正しいかもしれません。これはほかの店舗でも言えることですが『ハピネス&ドリーム福岡』で働く人たちは本当に仲間想いの方が多い。仕事で悩んでいるときには一緒になって解決策を考えてくれるし、プライベートな相談も親身になって聞いてくれる。
今でも毎日のように周りが助けてくれるので、今回の昇格の件も含めて、今度は僕がちゃんと恩返しをしなきゃと思っています。

――どのような恩返しを?

まずは店のメンバーのやりたいことを手助けしたいと考えています。例えば新しい企画を考えているのであれば、すぐに上層部へ意見を上げたり、その案が採用されるためのスキームを一緒に考えたりしたい。ほかにも接客トークを上達させたいのであれば、横に付き添ってフォローしてあげたい。

――やる気のある人を導ける存在になりたいと。

やっぱりスタッフが仕事を楽しめれば店にもっと活気が出るし、それが結果的にグループ全体の士気の向上にもつながる気がするんです。
だからこそまずは僕がこの店で働くメンバーを応援したいなと。そうしていつか「福岡の店を盛り上げているのはどうやら寺井らしい」というニュースを社長や水戸の店長にも届けられたらなと思います。
写真・記事:メンズバニラ編集部

会社情報

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ハピネス&ドリーム福岡
職種 風俗ワーク/ソープランド
地域 福岡県中洲
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